これはおいしいお寿司

No.74

風邪

-少し弱気

 今日もいい天気だと、レオナは昼前に起きて大きく伸びをした。健康的な睡眠のために、やはり午前中はスマホの電源を切るに限る。スマホの電源を入れ、通知の数を見てレオナは頷く。
 授業に出る気は一切ないが、今日の昼食は日替わりメニューが肉だったはずだ。空腹を訴える腹の声に従い、身支度を整えて学校に向かった。

「レオナ先輩、おは、こんにちは!」
「オウ……ん?」
 校舎に入った途端、偶然通りすがったジャックの大声が耳を震わせた。眠気覚ましにはちょうどいい。尻尾をぶん回すジャックを適当にあしらいながら、レオナは喉に違和感を覚えて手を当てた。なんだかいがらっぽい気がする。
「んん、ん」
 起きてから初めて声を出したせいかと思い調整をするも、違和感は消えない。
「レオナ先輩どうしたんすか」
 まだ立ち去っていなかったジャックが不思議そうな顔をしてレオナを見ている。
「いや、なんでもねえ」
 いつも通り素っ気なく答えたつもりだが、レオナの声は少しかすれていた。ジャックも当然それに気づく。
「声、変ですけど。風邪でも引きましたか?」
 主人の表情よりも感情豊かな尻尾がへたりとうなだれている。朝から面白いものを見られた、いや昼だったとレオナは微かに口元を緩ませた。
「さあな」
「寝ていたほうが、いやいつも寝ているから意味はないかも……出席点……留年……」
 調子が悪そうなレオナを見て、ジャックはなんて声をかけようか迷っているようだ。小さな眉にぎゅっと力を込めて考えている。見ているだけで愉快になるが、レオナは腹が減っている。自分を心配しすぎる後輩に付き合ってやる義理などはない。それに温かいものでも飲んでいたら直に治るだろう。
「声が少し変というだけだ。テメェが気にすることはねえ。さっさと飯食ってお勉強でもしてろ」
「あっレオナ先輩」
 呼び止めるジャックを無視して、レオナは大食堂へ向かった。

 昼食後、レオナは午後の時間を植物園で過ごしていたが、眠っているうちに肌寒さを感じてきた。肌寒さはいつしか体の奥から響く悪寒となり、喉の痛みも強まってきた。どうやら楽観視しすぎたらしい。
 のっそりと起き上がるといつもにまして体が重い。けほ、と咳が出る。
 これはまずい。
 とりあえず寮に戻って寝直そうと植物園を出る。重い扉を開くと木枯らしが体を一瞬で凍らせてきた。
「かったりい……」
 震える唇を真一文字に結び、だらだらと鏡舎への道のりを辿る。
 歩いても歩いても道が果てしなく続いていくようで、永遠に寮に戻れないのではないかとありえない考えが頭をよぎった。そんなはずはない。歩き慣れた道を間違えるわけがない。
 レオナは平静を装い、重たい足を運び続ける。
「レオナ先輩!」
 と、遠くから大声が聞こえた。顔を向けるのも怠くて耳だけを動かす。重量感のある足音が猛ダッシュで近づいてきた。
「寮にも植物園にもいねえと思ったら、まだこんなとこで歩いてたんすか」
「……うるせえ、頭に響く」
 かすれて言葉にならない声でレオナは文句を言う。ジャックの元気で張りのある声が、今は耳障りだった。
「すみません……昼間より体調悪くなってますよね。大丈夫ですか?」
 レオナに叱られたジャックは、小さな声で話しかけてくる。
「見ての通りだ」
「校舎と寮の気温差でやられたんじゃないっすか? とりあえず俺のコートを着てください」
 言うやいなやジャックは有無を言わさず自身が着ていた上着をレオナに羽織らせた。
 分厚くて重くて、温かい。
「肌触りが悪い」
「庶民のモンなんで悪かったっすね」
 オーバーサイズの上着にすっぽりと包まれ、体の震えが多少はマシになった。
「じゃ、寮に戻りますよ」
 言いながらジャックはレオナの前で屈む。
「何やってんだ?」
「遠くから見てたんすけど、まともに歩けてないっすよ。俺が背負ったほうが早い」
「そうかよ」
 言い返す気力もなく、レオナは大人しくジャックの背中に体を預けた。
 よいしょとジャックは立ち上がり、大股で歩いていく。スピードを重視しているせいか、ただ単にがさつなだけなのか、一歩足を踏み出すたびに体が大きく揺れる。だが、ジャックの広い背中は不思議と安心できて、上着と背中から伝わる温もりと香りにレオナは瞼をゆっくり閉じた。

 次に目を開けたら寮の自室にいた。
 顔が熱い。本格的に風邪を引いてしまったようだ。
「あ、起きました? すげえ熱なんで寝ててください」
 レオナが上半身を起こすと、どこにいたのかジャックがベッドの脇にすっ飛んできた。寮に帰ってきて時間が経っているらしく、ジャックは部屋着に着替えていた。
「ん……」
 ジャックに状況を確認しようとしたが、声が出ない。
「ラギー先輩に消化のいいモン作ってもらったんですけど、食えますか?」
 湯気の立っているスープが机の上に置かれていた。
 レオナは黙って首を横に振る。
「あ、そうだ水分補給してください」
 ジャックは着ていたカーディガンをレオナに羽織らせ、ペットボトルに入ったスポーツドリンクを手渡してきた。
 意外と甲斐甲斐しいんだな。
 言おうとして、やはりレオナの声は出なかった。
 ジャックのカーディガンに包まってスポーツドリンクを一息に飲み干す。
「また新しいやつ、あとで持ってくるんで。ゆっくり休んでください」
 ジャックは空になったペットボトルをレオナから回収し、片手で真っ平らに凹ませた。
 声が出ないなら、いつもの皮肉めいた言葉も言えない。
 レオナはカーディガンを枕元に置いてベッドに潜り込む。
「それじゃあ、おやすみなさい」
 幼子を世話するように毛布を喉あたりまでかけ直すジャックを見て、レオナは胸の奥が痛くなった。
 全部風邪のせいだ。
 胸の痛みの理由を考えまいとして、瞼を強く閉じた。




Twitter投稿2025.12.6

レオジャク,SS

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