これはおいしいお寿司

No.10

HONEY/ハニー

–恋人ごっこ

「ジャック、困ったことになった」
 突然寮長室に呼ばれたと思ったら、そこには深刻そうな顔をしたレオナがいた。
「悪いが、よく聞いてからYESと言ってくれ」
 どれだけ自分が悪かろうと絶対に謝らないレオナが、話す前に詫びを入れたことにジャックは大変驚いた。空から槍が降ってくるのではと、思わず外を振り返ってしまった。
「事情はわかりませんが、重大なことなのは察しました。けど返事くらいは考えさせてください。あと、重々しい顔をしていても寝転がっていると軽く見えるっていうかなんつうか」
 ベッドのど真ん中でレオナは顔だけ深刻そうにしていた。
「ひとまず話を聞けよ」非常に言いづらそうな顔をして――横になったままだが――一呼吸おき「キファジが見合いをしろとうるせえ」
「すればいいじゃないすか」
 間髪入れずにジャックは返した。
 レオナはその言葉に驚いたのか、僅かに目を見開いた。そしてすぐ平静な顔に戻った。
「レオナ先輩は恋愛すらめんどくせえって言うだろうから、お見合いで結婚するのが楽なんじゃないすか」
「おま……お前はもう少しロマンチストなことを言うと思っていたが」
「俺は大切なたった一人と出会って結婚したいって思ってますけど、先輩はそういうタイプじゃないっすよね。さすがに自分と人の考え方が違えってことくらいわかりますよ」
 むっとした表情でジャックは言う。
「それはそうだが。俺もさすがに人生を共にする奴は自分で選びたい」
「先輩なら好き放題選べるんじゃないですか。なんなら奥さんたくさんいても問題なさそうだし」
「キファジが選んできた中から選べるってだけだろ、この見合いは。俺はあいつの思惑通りにはなりたくない」
「じゃあ断ればいいじゃないすか。先輩そういうの得意っすよね」
 どこかトゲを含む物言いをした。
「それがよ……」またレオナは言いよどみ「決めた奴がいるって断ったんだが」
「は? ……そっすか。良かったですね。ご結婚おめでとうございます」
「……それで、今度こっちに来るから会わせろと言ってきた」
「じゃあお相手の方を呼ぶなり街に出向くなりして、顔合わせすればいいんじゃないんですか?」
 ジャックはいい加減、要領を得ない話に苛立っていた。大体、この天から引っ張られているかのように真っ直ぐに立つ狼は、目の前のだらしない獅子に心底惚れ込んでいるのだった。片想いしている相手の惚気話など、誰が聞きたいものか。付き合おうが結婚しようが離婚しようが、好きにすればいいのだ。四六時中レオナのことばかり見ていたというのに、レオナが誰かのことを思っていたことに気がつかなかったことが腹立たしかった。
「先輩はキファジさんにお相手の方を会わせる勇気が出ないとかですか? それで俺に背中を押してほしいとか? いくらでも押しますよ。目の前が崖でも力一杯押しますけど、それで俺に何をしてほしいんですか」
 なんでもないように言ったつもりだったが、普段より早口になってしまっていた。
「いや、それがな。お前ってことになってる」
 自分の心臓の音がいやに大きく聞こえた。先ほどまでさえずっていた小鳥たちも、外から聞こえる生徒達の声も、消えてしまった。
 手のひらに汗が滲み、ズボンに擦りつける。
「ええと、今、なんと」
「名前を聞かれて、ジャック・ハウルと手紙に」
「なんだってそんなことに……」
 聞き間違いでなかったと思わずうめき、ジャックは頭を抱えた。
「この学園なら身元も能力の素質も保証されている。出会いが自然なのは同学年か寮生だが、三年は気にくわねえし、ラギーはほらアレ困るし、消去法でお前しかいなかったんだ」
「そんな理由で……」
「だから一日だけ婚約者ってことでキファジに会ってくれよ」
 そろりとレオナを見て。
 大好きな顔に見つめられたら断りようもないのだった。
「いつなんですか」
「明日」
「馬鹿すか」

 翌日。
 ジャックは学園の貴賓室でうろうろと落ち着かず歩き回っていた。
「いいか、あの野郎は疑り深い。ついでに俺の粗を探すのが趣味だ。嘘がバレないのも大事だが、王族との婚姻について脅してくるだろうからそれに怯まないのも大事だ。後のことはどうとでもなるから、日和って別れますとか言うんじゃねえぞ。好きなところを聞かれたら顔とでも答えておけ」
「えっ……はあ、わかりました」
 生唾を飲み込み、意を決して二人がけソファの、レオナの隣に座った。
 やがてキファジが到着し、目の前に座る。
 夕焼けの草原に訪れた際に会ったことがあるが、厳しい眼差しが自分に注がれることになるとは思ってもみなかった。あのときは客人であったが、今はちょっとした邪魔者になってしまっているのだ。嘘でも、たったの一日だけでもレオナの思い人になれると舞い上がり、心臓が高鳴ったのが遠い昔のことのようだ。
 レオナが二人の出会いについてスラスラと説明する。この約一年、なんやかんやあって距離が縮まり、先日の熱中症事件でジャックの大切さに気づき云々かんぬんと。
 実際に起きた出来事に、ありえない感情の揺れを混ぜるだけで本当にレオナと将来を誓い合えたように思えた。よくもここまで口が回るものだと、呆れを通り越して余計に好きになってしまう。拳を握りしめ、手のひらに爪を食い込ませる。
 レオナは話しながら肩がつくほどに距離を詰め、あろうことかジャックの手を握った。
 顔がぶわっと急激に熱くなる。
 そんなことするなんて聞いていないと吠えかけ、ここでバレてしまったら元も子もないと、開けかけた口を閉じる。
 レオナの手は冷え切っているというのに、体温は上がる一方だ。
 頭がくらくらする。
「それで、あなたはまだお若いのに将来を決めたと?」
 突然キファジに話を振られ、飛び上がった。
 肩と手に気を取られ、話についていけていなかった。
「あ、ああ、はい。ええと、そうです」手のひらにも、背筋にもいやな汗を感じ「俺は自分で選んだ人を、人と、その最後まで添い遂げると、そういう、その、覚悟です」
 もし思いが通じるという奇跡が起きたとしたら、これは嘘ではなくなる。今だけは隣の体温が真実だと、震える唇を噛みしめてキファジを見た。
 キファジは値踏みをするようにジャックをじっくりと見つめる。
「権力欲もなさそうなのに、なぜ」
「けん……え、俺はただ先輩が好きなだけで。その、先輩を知ったときは王族ってことも知りませんでしたし。ええと、マジフトやってるところが好きだったんですが、頭がいいところも案外面倒見がいいってことも知ったら、先輩しか考えられなくなって。もし――もしもの話ですが、先輩が一文無しになったとしても、もう嫌いにはなれないって、そう思います」
 誰に聞かれても恥ずかしくない程度に胸の内を晒し、嘘偽りない言葉を並べた。
 王室の侍従長は息を吐いて頷く。
「そうですか。お二人がそうと決めたのであれば、何も言いますまい」
「え、あの……」
「もとより歴史だけが取り柄の家がそろそろ結婚をとうるさかったので、黙らせる理由を持ち帰ることができて上々といったところです。狼の獣人がどうであれ、決して変わらない関係などございませんが、お幸せにどうぞ。王室にはそのように報告します」
「話が終わったんなら早く帰れよ」
「お二人に万が一のことがありましたら、次こそは釣書をお送りしますので」
 レオナがシッシと空いている手を振ると、かろうじて笑っていると思われる表情を浮かべてキファジは一礼し、部屋を出て行った。

 キファジが立ち去り、大きく息をつく。が、レオナの手がまだジャックの手に重なっていた。
 言ったら離してしまうかもしれない。気づかないふりをして、レオナが気づくまで繋がっていることを許されたい。こんな我が儘は二度と願わないから。
 口を一文字に結び、レオナの言葉を待った。
「ハニーはお疲れのようだな」
「え、ハニ、はあ?」
 突拍子もない言葉に思わずレオナの顔を見る。
「レオナ先輩、一体何を」
 口を手で塞がれ、耳元に密やかに声を吹き込まれる。
「あいつは地獄耳だ。もう少し離れるまで待ってろ」
 音として受け取った単語を理解できずに、黙って頷いた。耳が熱くてたまらず、早く離れてほしかった。
「……思ったんだが、あの小賢しい奴が学園内で情報収集をしないわけがない。金を握らせることはないだろうが、近いことをして常に連絡を取れる手下を作っただろう。タコ野郎みたいにコネがほしい奴はいくらでもいる。俺たちになんの関係もないことがバレるのは時間の問題だ。これは俺からの提案なんだが――」
 目の前にはレオナの顔がある。
 手はしっかりと握りしめられている。
 まともな思考はできず、とにかく距離を少しでも取りたくてレオナの提案にすぐ頷いた。
「アンタが卒業するまで恋人でいるから、その、もう手を離してください!」
 真っ赤な顔でジャックは叫んだ。
 甘ったるい蜂蜜のような笑みをレオナは浮かべていた。

 

 

レオジャク_2week
Twitter投稿2023.5.20

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