これはおいしいお寿司

No.67

ハロウィン・タウンにクリスマスを

-2025.12.21で出していた無配

 十二月二十四日の夜。ジャックは黒の衣装に着替えて帽子を被り、穴から大きな耳をぴょこりと出した。鏡を見て身だしなみをチェックし、雪の積もる外へ足を踏み出す。これから年に一度の大仕事だ。
 厩舎に行き、エルフが整備をしてくれたソリに繋がれたトナカイを撫でる。体調は問題なさそうだ。
「ジャック、今年も頼むぞ」
 あとからやってきた赤服のサンタクロースがホウホウと笑い、ジャックの背中を叩いた。
「今年はいつもとルートが変わるんだが……」
「ッス。誰よりも早くプレゼントを配ってみせます!」
 ジャックはサンタクロースからプレゼントと地図を受け取り、ぴんと背筋を伸ばして意気込んでみせた。ジャックと同じく駿足を武器とするデュースにも、要領よく器用に配達を済ませるラギーにも負けるつもりはない。
 プレゼントをソリに積み込み、ジャックの大きな体躯には少々窮屈なソリに体を押し込んで、トナカイに合図を送る。トナカイが雪原を駆けると瞬く間に色とりどりのイルミネーションは眼下に沈み、あたり一面濃紺の空が広がった。ジャックの吐く白い息が、夜空に溶ける。
 今年のクリスマスは快晴で、星がよく見える。欲を言えば雪が降っていてほしかったが、前日までに降り積もった雪でホワイトクリスマスには充分だろう。ジャックはひとり頷き、サンタクロースから渡された地図を月明かりで確認した。
「今年はどの地区だ……ん?」
 地図に示されていたのはクリスマス・タウンから大きく外れた、見たことのない街だった。モノクロで不気味なオブジェがたくさん描かれている。サンタクロースが渡す地図を間違えたのかと、ジャックは首を捻る。なにしろジャックはクリスマス・タウンから出たことがない。だが、サンタクロースの指示で走るトナカイは、まっすぐにクリスマス・タウンの外へと向かっている。ならば地図は合っているのだろう。
 不審な気持ちを抑えながら、ジャックはトナカイに身を委ねる。
 クリスマス・タウンの門を越え、見知らぬ森のカボチャが落書きされた木の洞へ吸い込まれるように落ちていく。一体何が起きているんだと思う余裕もなく、落下している間、ジャックはプレゼントがソリから落ちないように必死に両腕で支える。
 勢いよくトナカイが着地し、ソリも大きな音と衝撃と共に地面へ落ち着いた。そして再び空へ舞い上がる。
 目的の街に辿り着いたようだ。薄暗くて雪のない街をジャックは見下ろす。なんというか――色が少ない。黒と白と暗い緑と、あとオレンジのクレヨンがあれば風景画を描けそうだ。
 クリスマス・タウンのはずれにある墓場のような静まり返った街の一角を目指し、トナカイは高度を下げた。霧が立ちこめる中、不気味な建物たちが現れる。トナカイはとある建物の屋根に停まった。
「この家にいるんだな?」
 念のために確認すると、トナカイは問題ないと頷く。
 感じたことのない恐ろしげな異様な空気に、ジャックの全身の毛が逆立つ。が、仕事はやり遂げなければならない。両手で頬を叩き、気合いを入れる。そして、プレゼントの袋を片手に屋根へ飛び降り、近くの煙突に両足を突っ込んだ。
 煤で服の白いところをすべて黒く汚しながら、ジャックは落ちた先の煖炉から出る。そこは不気味なものがいくつも飾られた部屋だった。ツリーもクリスマスの飾りも何もない。ソファに横たわって寝息を立てる成人男性がいるだけ。ジャックは子ども部屋を探すためにドアを開く、と後ろで衣擦れが聞こえた。
「――誰だ」
 ついで、かけられた声にびくっと心臓が跳ねる。ジャックは配達中に人と出くわしたことが何度かあるが、いずれも喜びと歓迎に溢れていて、こんな警戒を露わにした声音を聞いたことがない。だが、子ども部屋に行こうとするのならこの声を放置するわけにはいかず、恐る恐る振り返った。
 そこには眼帯をかけ、真っ黒なスーツを身にまとった男が立っていた。男は大きくあくびをする。
「見かけねえ顔だな。どこから来た」
「……クリスマス・タウンから、プレゼントを届けに」
「ああ、サンディ・クローズのところか。一度お目に掛かってみたいと思っていたところだ」
 男は指でジャックを呼び、近くに来いと言う。
「あの、プレゼントを届けなきゃならねえんで」
 怪しい男に関わっている時間はないのだとジャックは急いていた。夜が明ける前に終わらせなければならない。
「中身、一つだけだろう?」
 男はジャックが抱える袋を指差して言った。そういえばサンタクロースから受け取ったまま、中身を確認していなかった。慌てて中を覗きこむと、男の言うとおり箱が一つ入っているだけだった。
「ハロウィンの王がクリスマスの素晴らしさを夜通し歌いやがってな。あんまりにうるさいものだから、サンディ・クローズを呼べと言ってやったんだ。テメェを見る限りクリスマスも知れたもんだな」
 鼻で笑う男の手に、ジャックはコートから取り出した包みを押しつける。
「その様子じゃ今年一年よい子だったとは思えねえな。あんたにはこれで充分だ」
「なんだ、これは」
 汚れた紙で包まれたそれを開くと、男の手に黒い物が転がる。
「……石炭がとっておきのプレゼントだと?」
「よい子にはプレゼントを、悪い子には石炭を」
 ジャックはしたり顔で笑った。クリスマス・タウンにはそうそう悪い子はいないが、昔からの決まりがある。
「俺ァよい子だったぜ? ハロウィンのために身を粉にして働いてたんだからな」
 男が形のよい眉を吊り上げ、皮肉めいた笑みを見せる。その表情はジャックを嘲笑っているようで、どこか寂しげに感じた。
 ジャックは躊躇った。サンタクロースはプレゼントをここに届けるように言ったからには、この男はよい子なのだろう――子どもかどうかは怪しいところだが。聖夜の配達業務にジャックの判断は必要とされていない。
「じゃ、じゃあ、これを」
 いくら気に食わなかろうが、渡すしかない。ジャックは大きなプレゼントボックスを男に差し出した。
「ありがとよ。お礼に来年のハロウィンに招待してやろう」
「ハロウィン?」
 プレゼントの箱を興味深そうに四方から眺めたあと、男はジャックに言った。
「ああ。ここは恐怖と悪夢のハロウィン・タウン。ハロウィンの王が支配している」
「恐怖はちょっと」
「十月三十一日だ、覚えておけ」
「行くなんて一言も」
「俺はレオナ。レオナ・キングスカラー。お前の名は」
「……ジャック」
 返事を聞かずに話を進めてしまう男――レオナになぜか逆らえず、ジャックは名前を告げた。ファミリーネームを言わなかったのはせめてもの抵抗だ。
「うちの王と被ってんな……今日からあいつはスケリントン呼びでいいか」
 レオナはぼそりと呟き、一人で納得してから突然プレゼントの箱を開けようとする。
「は? あんた、何を……プレゼントは二十五日の日が昇ってから開けるものだ!」
「うるせえ」
 慌てて蓋を抑えるジャックを片手でいなし、レオナは蓋を開けた。
 ふわり。
 白いものが箱から出てきて部屋の窓から外へ逃げていく。
 それを追って二人が窓から外を覗きこむと、白い粒が空から降ってきた。
「雪だ。これでこの街もホワイトクリスマスに間に合いそうだ」
「チッ……期待して損した」
 少し拗ねた顔をするレオナを見て、ジャックは悪い人ではないのかもしれないと思い、来年再訪してもいいかもしれないと予定を立て始めた。




頒布2025.12.21

レオジャク,SS

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