これはおいしいお寿司
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No.75
スクラップ帳
-それが対価ってわけ
どこかの馬鹿がやらかしたなどという理由で、鏡舎が使えなくなった。噂によると、成績を上げるための薬物を鏡舎の裏で調合していたらしい。そして、成績が悪いから調合に失敗してあたり一面焼け野原になっただとかなんとか。
そんなこんなで、寮と校舎の行き来が一時的にできなくなってしまった。
生徒たちは慌てふためき、パニック状態になった。寮に戻れない生徒もいれば登校できない生徒もいる。ジャックは寮に帰れない生徒のうちの一人だった。
「俺のサボテンとプロテインが」
大量に寝袋が並べられた大食堂で膝を抱えながら、ジャックは自室に戻れないことをひどく嘆いていた。百歩譲ってプロテインは購買部で買えばいいとして、問題はサボテンだった。日光浴をさせようと窓辺に置いたままだ。夜になったら室内にしまってやりたいのに、頼めそうなルームメイトたちは全員校舎で見かけている。ほかに自室に入れてもいいと思えるほどに信頼の置ける同級生はいなかった。というより、サバナクロー寮に友人らしい友人はいなかった。
ジャックはどうしたものかと頭を抱えた。遠くでラギーが寝床のスペースを取引している声が聞こえる。ラギーに頼むこともできない。ラギーがいるということはレオナもいるのだろうか。姿は見えないが、植物園の縄張りで一晩を過ごすのかもしれない。なんにせよ、寮長であるレオナに寮に戻れない旨は連絡しておくべきだろう。
スマホでぽちぽちとレオナにメッセージを送る。思いのほか早く返事が来た。
レオナは寮でずっと眠っていたらしく、校舎にはいないとのことだった。
寮にレオナがいると知り、ジャックは悩む。寮長たるレオナにサボテンの世話を頼むのはいかがなものか。寮長の手を煩わせるくらいなら、大して喋ったこともない同級生に頼むほうが筋が通っている。が、そもそも連絡先を知らなかった。例え頼めたとしても、仮にルームメイトの物がなくなりでもしたら責任問題になるだろう。
暖房のよく効いた大食堂で、寒さに凍えているであろうサボテンのことを思う。早く部屋に入れてやらねばなるまい。
使える手段はすべて使うべき。とレオナが言っていた気がする。もう、そうするしかない。
ジャックは腹をくくり、レオナに追加でメッセージを送った。と、すぐさま電話の着信音が鳴った。発信元はレオナだ。恐る恐る電話に出る。
『俺にサボテンの世話をやれなんざ、随分偉くなったモンだなァ』
耳にスマホを当てた瞬間、レオナの唸り声が耳に飛び込んできた。その声音に、ジャックの括ったはずの腹がどこかへ逃げてしまいそうだった。慌てて気合いを入れ直してスマホを握る。
「すんません、どうしても帰れないんで……」
『俺には関係のないことだ』
「か、関係あります!」
なんとしてでもサボテンを室内に入れてやりたくて、ジャックは声を張り上げる。が、レオナとサボテンにはなんの関係もない。だからどうにか理由を作らなくてはならない。
「ええっと、その……サボテンの元気がなくなったら植物園で世話をしてあげる必要が出てきて……それで、そうなったら多分レオナ先輩の縄張りがサボテンだらけになります」レオナの鼻で笑う声が聞こえて、ジャックは咄嗟に「いえ、サボテンだらけにして眠れなくします」と宣言した。
言ってしまった。だが、サボテンのためだから仕方ない。デメリットがないのなら作ればいいのだ。
『脅してんのか?』
「はい。脅してます。俺のサボテンを中に入れてやってください」
『……』
レオナの深く長いため息が聞こえた。きっとこめかみに手を当てて、呆れきった顔をしているに違いない。そしてそれは、レオナが譲歩する合図だった。
『部屋はどこだ』
「あ、ありがとうございます!」
レオナに心からの感謝を込めて大きな声で礼を伝えると、隣で読書をしているセベクに小突かれた。解せない。
『――で、サボテンは三つだな?』
「っす! ベッド脇の置けるところに置いてくれたらそれでいいんで」
ジャックは少し声をひそめて部屋やベッドの位置をレオナに伝え、電話越しに様子を伺っていた。
『これで終わりだ。ったく、一年坊主が生意気な』
「すみません、ありがとうございました」
すべて終わり、ホッと安堵する。これでなんの憂いもなくぐっすり眠れるというものだ。
『フン、イイご身分だなァ。この俺にサボテン様のお世話係を命じておいて、なんの褒美もねえのか?』
「褒美……?」
デメリットは作り出したが、報酬のことは何も考えていなかった。このままでは借りを作ったままになってしまう。
「移動教室の荷物持ちと昼食のときに席を取っておく、でいいっすか?」
『俺に授業に出ろと言ってんのか?』
普段であれば授業に出ろと言っていたところだが、今は対価の話をしている。ラギー相手にやっていることをそのままスライドしただけでは、まったくもってレオナの得にならない。
「ちょっ……と待ってください。今考えます」
『タコ相手に辛酸を舐めたときの教訓はどうした。取引もろくにできねえのか』
「だ、だって、それなら先に聞いておくべきだったんじゃないですか。俺の脅しに屈したのはレオナ先輩です。だから、植物園をサボテンだらけにしないっていうのが対価と言ってもいいんじゃないですか」
譲歩したそちらが悪いのだとジャックは語気を強めた。別に対価を渡したくないとは言っていない。こうして話している間に考える時間を稼いでいるだけだ。一体レオナに何を渡せば納得してもらえるだろう。
『小賢しくなりやがったな』
「尊敬する先輩を見習っただけです」
『ところでジャック……』
ツンツンと返事をしていると、突然レオナの声が変わった。人をからかうときの声だ。
『お前の机の上に置いてあるのはなんだ?』
「机の上?」
今朝はいつもよりロードワークに時間を使ってしまって、整理しないままに登校した気がする。とはいえ、使ったらすぐに物をしまう性格だ。ルームメイトたちのように散らかしてはいない。恐らくプロテインと、昨晩復習に使っていた教科書やノートと、それから……。
『レオナ・キングスカラー集、ってなんだろなァ』
「れ、は、あっ! それは」
テレビ越しにレオナを知った日から作り続けていたスクラップ帳だ。入学時に実家から持ってきて、机の中にしまっていたが、昨日久しぶりに見返してそのまま机の上に置いてきてしまったらしい。
『フゥン、懐かしい写真だな。ご丁寧にコメントまで書いてある。いつかレオナ選手とマジフトで戦いたい? 可愛らしいガキだな』
「すみません、やめてください、かなり前のやつなんです」
『マジフト部に入ったら、OBとして部活を見に来てくれるかもしれない。ずっと憧れてたって言えるように頑張ろう……へえ……お前、今何部だ?』
「陸上部っす、あの、何やったらやめてもらえますか?」
レオナのことをただ憧れて目標にしていた頃を掘り返されて、ジャックは頭の先から尻尾の先まで恥ずかしくて燃えてしまいそうだった。昨日は自分の書いたコメントが恥ずかしくて、レオナの写真を見ながら目に入れないようにしていたのに。
『たまに読み返してんのか?』
「昨日だけです。引き出しの整理をしていたら見つけたので……」
あのとき、レオナという存在はきらきらしていた。スポーツ誌等で写真を見かけてスクラップするたび、胸が躍っていたことを思い出す。思い描いていた理想が崩れ去った今は、レオナをなんと形容すればいいのかわからない。尊敬するところはあるし、憧れもまだある。だが、それ以上に呆れることのほが多くて一概に目標と呼ぶことはできない。そんな、苦々しい気持ちでスクラップ帳を眺めていた。
『なら、いらねえのか?』
「いや、いらないってわけでも……」
理想と現実の差を思い知らされて、封印したくなる物だが、手放したいというわけではない。いつか向き合える日が来るまで、引き出しの奥にしまっておきたい。
『なら、今日の対価はこれでいい』
ジャックは耳を疑った。こんな物を対価に? いや、それよりも。
「は? いらないとは言ってないんすけど」
手元に残しておきたい物をわざわざ奪い取ろうとするのが信じられない。
『いらねえ物を押しつけるのがテメェの言う対価だっていうのか? 価値があるからこそ対価になるんだろうが』
「で、でも……」
『嫌だって言うんなら、お前の大事なサボテンを夜風に晒してやってもいいんだが』
「わかりました! わかりました。それ、あげます」
ジャックは恥ずかしくて涙が出てきそうだった。何が悲しくて黒歴史みたいな物を当の本人に見られて、挙げ句に進呈しないといけないのか。
『寮に帰ってくるのが楽しみだなァ』
「レオナ先輩に頼むんじゃなかった」
ツーツーと無機質な音が聞こえるスマホを睨みつける。鏡舎が直る前に、レオナがスクラップ帳に飽きてくれることを祈るしかなかった。
Twitter投稿2025.12.6
レオジャク
,
SS
2026.1.15
No.75
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どこかの馬鹿がやらかしたなどという理由で、鏡舎が使えなくなった。噂によると、成績を上げるための薬物を鏡舎の裏で調合していたらしい。そして、成績が悪いから調合に失敗してあたり一面焼け野原になっただとかなんとか。
そんなこんなで、寮と校舎の行き来が一時的にできなくなってしまった。
生徒たちは慌てふためき、パニック状態になった。寮に戻れない生徒もいれば登校できない生徒もいる。ジャックは寮に帰れない生徒のうちの一人だった。
「俺のサボテンとプロテインが」
大量に寝袋が並べられた大食堂で膝を抱えながら、ジャックは自室に戻れないことをひどく嘆いていた。百歩譲ってプロテインは購買部で買えばいいとして、問題はサボテンだった。日光浴をさせようと窓辺に置いたままだ。夜になったら室内にしまってやりたいのに、頼めそうなルームメイトたちは全員校舎で見かけている。ほかに自室に入れてもいいと思えるほどに信頼の置ける同級生はいなかった。というより、サバナクロー寮に友人らしい友人はいなかった。
ジャックはどうしたものかと頭を抱えた。遠くでラギーが寝床のスペースを取引している声が聞こえる。ラギーに頼むこともできない。ラギーがいるということはレオナもいるのだろうか。姿は見えないが、植物園の縄張りで一晩を過ごすのかもしれない。なんにせよ、寮長であるレオナに寮に戻れない旨は連絡しておくべきだろう。
スマホでぽちぽちとレオナにメッセージを送る。思いのほか早く返事が来た。
レオナは寮でずっと眠っていたらしく、校舎にはいないとのことだった。
寮にレオナがいると知り、ジャックは悩む。寮長たるレオナにサボテンの世話を頼むのはいかがなものか。寮長の手を煩わせるくらいなら、大して喋ったこともない同級生に頼むほうが筋が通っている。が、そもそも連絡先を知らなかった。例え頼めたとしても、仮にルームメイトの物がなくなりでもしたら責任問題になるだろう。
暖房のよく効いた大食堂で、寒さに凍えているであろうサボテンのことを思う。早く部屋に入れてやらねばなるまい。
使える手段はすべて使うべき。とレオナが言っていた気がする。もう、そうするしかない。
ジャックは腹をくくり、レオナに追加でメッセージを送った。と、すぐさま電話の着信音が鳴った。発信元はレオナだ。恐る恐る電話に出る。
『俺にサボテンの世話をやれなんざ、随分偉くなったモンだなァ』
耳にスマホを当てた瞬間、レオナの唸り声が耳に飛び込んできた。その声音に、ジャックの括ったはずの腹がどこかへ逃げてしまいそうだった。慌てて気合いを入れ直してスマホを握る。
「すんません、どうしても帰れないんで……」
『俺には関係のないことだ』
「か、関係あります!」
なんとしてでもサボテンを室内に入れてやりたくて、ジャックは声を張り上げる。が、レオナとサボテンにはなんの関係もない。だからどうにか理由を作らなくてはならない。
「ええっと、その……サボテンの元気がなくなったら植物園で世話をしてあげる必要が出てきて……それで、そうなったら多分レオナ先輩の縄張りがサボテンだらけになります」レオナの鼻で笑う声が聞こえて、ジャックは咄嗟に「いえ、サボテンだらけにして眠れなくします」と宣言した。
言ってしまった。だが、サボテンのためだから仕方ない。デメリットがないのなら作ればいいのだ。
『脅してんのか?』
「はい。脅してます。俺のサボテンを中に入れてやってください」
『……』
レオナの深く長いため息が聞こえた。きっとこめかみに手を当てて、呆れきった顔をしているに違いない。そしてそれは、レオナが譲歩する合図だった。
『部屋はどこだ』
「あ、ありがとうございます!」
レオナに心からの感謝を込めて大きな声で礼を伝えると、隣で読書をしているセベクに小突かれた。解せない。
『――で、サボテンは三つだな?』
「っす! ベッド脇の置けるところに置いてくれたらそれでいいんで」
ジャックは少し声をひそめて部屋やベッドの位置をレオナに伝え、電話越しに様子を伺っていた。
『これで終わりだ。ったく、一年坊主が生意気な』
「すみません、ありがとうございました」
すべて終わり、ホッと安堵する。これでなんの憂いもなくぐっすり眠れるというものだ。
『フン、イイご身分だなァ。この俺にサボテン様のお世話係を命じておいて、なんの褒美もねえのか?』
「褒美……?」
デメリットは作り出したが、報酬のことは何も考えていなかった。このままでは借りを作ったままになってしまう。
「移動教室の荷物持ちと昼食のときに席を取っておく、でいいっすか?」
『俺に授業に出ろと言ってんのか?』
普段であれば授業に出ろと言っていたところだが、今は対価の話をしている。ラギー相手にやっていることをそのままスライドしただけでは、まったくもってレオナの得にならない。
「ちょっ……と待ってください。今考えます」
『タコ相手に辛酸を舐めたときの教訓はどうした。取引もろくにできねえのか』
「だ、だって、それなら先に聞いておくべきだったんじゃないですか。俺の脅しに屈したのはレオナ先輩です。だから、植物園をサボテンだらけにしないっていうのが対価と言ってもいいんじゃないですか」
譲歩したそちらが悪いのだとジャックは語気を強めた。別に対価を渡したくないとは言っていない。こうして話している間に考える時間を稼いでいるだけだ。一体レオナに何を渡せば納得してもらえるだろう。
『小賢しくなりやがったな』
「尊敬する先輩を見習っただけです」
『ところでジャック……』
ツンツンと返事をしていると、突然レオナの声が変わった。人をからかうときの声だ。
『お前の机の上に置いてあるのはなんだ?』
「机の上?」
今朝はいつもよりロードワークに時間を使ってしまって、整理しないままに登校した気がする。とはいえ、使ったらすぐに物をしまう性格だ。ルームメイトたちのように散らかしてはいない。恐らくプロテインと、昨晩復習に使っていた教科書やノートと、それから……。
『レオナ・キングスカラー集、ってなんだろなァ』
「れ、は、あっ! それは」
テレビ越しにレオナを知った日から作り続けていたスクラップ帳だ。入学時に実家から持ってきて、机の中にしまっていたが、昨日久しぶりに見返してそのまま机の上に置いてきてしまったらしい。
『フゥン、懐かしい写真だな。ご丁寧にコメントまで書いてある。いつかレオナ選手とマジフトで戦いたい? 可愛らしいガキだな』
「すみません、やめてください、かなり前のやつなんです」
『マジフト部に入ったら、OBとして部活を見に来てくれるかもしれない。ずっと憧れてたって言えるように頑張ろう……へえ……お前、今何部だ?』
「陸上部っす、あの、何やったらやめてもらえますか?」
レオナのことをただ憧れて目標にしていた頃を掘り返されて、ジャックは頭の先から尻尾の先まで恥ずかしくて燃えてしまいそうだった。昨日は自分の書いたコメントが恥ずかしくて、レオナの写真を見ながら目に入れないようにしていたのに。
『たまに読み返してんのか?』
「昨日だけです。引き出しの整理をしていたら見つけたので……」
あのとき、レオナという存在はきらきらしていた。スポーツ誌等で写真を見かけてスクラップするたび、胸が躍っていたことを思い出す。思い描いていた理想が崩れ去った今は、レオナをなんと形容すればいいのかわからない。尊敬するところはあるし、憧れもまだある。だが、それ以上に呆れることのほが多くて一概に目標と呼ぶことはできない。そんな、苦々しい気持ちでスクラップ帳を眺めていた。
『なら、いらねえのか?』
「いや、いらないってわけでも……」
理想と現実の差を思い知らされて、封印したくなる物だが、手放したいというわけではない。いつか向き合える日が来るまで、引き出しの奥にしまっておきたい。
『なら、今日の対価はこれでいい』
ジャックは耳を疑った。こんな物を対価に? いや、それよりも。
「は? いらないとは言ってないんすけど」
手元に残しておきたい物をわざわざ奪い取ろうとするのが信じられない。
『いらねえ物を押しつけるのがテメェの言う対価だっていうのか? 価値があるからこそ対価になるんだろうが』
「で、でも……」
『嫌だって言うんなら、お前の大事なサボテンを夜風に晒してやってもいいんだが』
「わかりました! わかりました。それ、あげます」
ジャックは恥ずかしくて涙が出てきそうだった。何が悲しくて黒歴史みたいな物を当の本人に見られて、挙げ句に進呈しないといけないのか。
『寮に帰ってくるのが楽しみだなァ』
「レオナ先輩に頼むんじゃなかった」
ツーツーと無機質な音が聞こえるスマホを睨みつける。鏡舎が直る前に、レオナがスクラップ帳に飽きてくれることを祈るしかなかった。
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