これはおいしいお寿司

No.12

ジューンブライド

–JUNE BRIDE FES2023記念

 会員制のバーは薄暗く、目の前で酒を飲んでいる相手の表情もどこか怪しく映った。
「アンタね、その〝ヴィル先輩〟っての、もうやめなさいよ」
 年上の幼馴染みは少し眉をひそめて言った。
「なんでですか。先輩は先輩じゃないすか」
「卒業して何年経ってると思ってるの。アタシはもうアンタの先輩じゃないわ」
 卒業したら学生時代の上下関係は解消されるというものなのか。まあでも先輩がいいと言うのならいいのだろう。
 ジャックは首を傾げながら、もったりとした動きで頷いた。
「アタシとアンタはそもそも先輩後輩である前に、幼少期を共に過ごした戦友みたいなものよ」
「誰が何と戦ったんですか」
「アタシとアンタが、アタシを取り巻く好奇の視線から、よ」
「戦った記憶はないんですが」
「言ったでしょ、遠巻きにされていたアタシに近づいたのはアンタだけだって。ほら、戦友じゃない」
「ヴィルせ、ヴィルさん、酔ってます?」
「酔ってるように見える?」
 グラスを優雅に回すヴィルの手つきは僅かにふらつき、アルコールの回りを示していた。
「もうやめときましょうよ。明日仕事だって言ってましたよね」
「ふん、平気よ」
 ジャックはそっぽを向くヴィルの手からグラスを抜き取り、会計を済ませた。
「あーんなちっちゃな狼が随分と立派になったものね」
「卒業して何年経ってると思ってるんすか」
 鼻歌を歌い出しそうなヴィルを車に乗せ、見送る。車の影が見えなくなった頃、ジャックはスマホを取り出して電話をかけた。
「遅くなってすみません、今解散しました。そっすね、いつもの店です。お願いします」
 通話を終え、光が溢れる夜空に息を吐いた。賑やかな景色に目を細める。そして、口の中で言葉を転がした。
 しばらくして、一台の車がジャックの前に停まった。
 ジャックが助手席に乗り込むと、車は静かに発進した。
「先輩、ありがとうございます」
「今日はそんなに飲んでないんだな」
「まあ、そうですね。目の前でガバガバ飲まれたらセーブしなきゃって」
「あんな奴ほっぽってお前も酔っ払っちまえばいいじゃねえか。困るのはヴィルだけだろ」
 運転席のレオナは、シャワーを浴びたばかりなのか少し湿った髪を片手で弄んでいた。いつも顔の両脇に垂らしているおさげも、今はほかと同じように重力に従って真っ直ぐに伸びている。
「といっても何かあったとき、俺もパパラッチの被害に遭うんすけど」
「お前はもみ消してやるから」
「ついでにヴィルさんももみ消しといてくださいよ。少しは情ってもんがないんですか」
「もみ消す理由がねえ……ん?」
 レオナは何かに気づいたのか、眉を上げて言葉を途切れさせた。
「お前、今なんて?」
「俺もパパラッチの被害に遭うって」
「そのあと」
「少しは情ってもんが」
「その前」
「ついでにヴィルさんも」
「それだ」
 少し尖った声で、レオナはジャックの言葉を遮った。髪を弄んでいた手はハンドルに戻り、苛立たしげにトントンと指を動かしていた。
「ヴィルさん、だと?」
「それが何か?」
 ジャックはレオナが出す音をやめさせようと、そっとレオナの腕に手をかけた。レオナはそれを無視して指を動かし続けた。
「俺のことは先輩呼びじゃねえか。なのにヴィルは先輩呼びやめるんだな」
「……それが何か?」
 静かな車内に舌打ちの音が鳴り、すぐに消えた。
 レオナはそれっきり黙ったまま、静かに車を走らせた。こうなったレオナは意地でも口を開かなくなるので、ジャックはアルコールの回った脳をのろのろと動かして不機嫌の源を探り始めた。

 閑静な住宅街の、こぢんまりとした家に車が停まる。車から出て屋内に入っても、レオナは口をつぐんだままだった。ジャックはレオナに続いて玄関に入り、口を開いた。
「拗ねてんすか?」
 レオナはちらりとジャックを見て、視線を逸らした。どうやら正解らしい。
「そんな、呼び方とかあんまり気にしてなかったんで。レオナ先輩は出会ったときからレオナ先輩だったから、それがすごくしっくりきてるんです。ヴィル、さんは学園に入る前から知ってたから呼び方を戻しただけで、他意はないんですけど」
「俺はずっとお前の先輩だってことか?」
「そうとは言ってないっすよ。先輩は俺の大切な恋人じゃないですか」
 まだ納得がいってないのか、視線をさまよわせる年上の恋人がどうしようもなく愛おしく見えた。
「……お前に先輩呼びされるのは嫌いじゃねえ。ただ、ヴィルの呼び方を戻したなら、俺たちは進んでもいいんじゃねえか」
 躊躇いがちに言葉を選ぶレオナに、ジャックは首を傾げた。
 レオナは黙ってポケットから小さな箱を取り出す。そしてジャックによく見えるように箱を開けた。
 上品に照明を反射するシルバーの指輪が現れた。
「俺はもう、お前の先輩も恋人もやめたいんだが」
 ジャックは口をぱかりと開け、呼吸まで止めてしまったかのように動かなくなった。ただ目だけが、レオナと指輪を行き来している。
 どこか伺うようなレオナの視線をようやく受け止め、ジャックは一度口を閉じて唾を飲み込んだ。
「あの、せんぱ……れ、レオナさん、俺も恋人の先に進みたい、です」
 顔が火照り、うまく動かない舌で無理矢理言葉を紡ぎ、震える左手を差し出す。
 眉尻を和らげたレオナは、ジャックの指先に口づけを落とし、そっと指輪を薬指にはめた。

 

 

レオジャク_2week
Twitter投稿2023.6.25

レオジャク,SS

戻る