これはおいしいお寿司

No.16

新学期

–憂鬱でうだうだ

 アレがねえ、コレがねえと部屋中の物を引っかき回す様子を見ていた。
 明日から新学期。レオナは研修に出る学年になるが、最初の数日間だけはまだ学園に登校するようだ。それで、始業式に出るための準備をしているはずなのだが。
「……式典服、どこやったか」
「クローゼットにないんすか」
「この前衣替えしたときに別のところにしまいこんだかもしれねえ」
「衣替えしたあとに終業式出ましたよね?」
「寝てたから覚えてないが、お前が出てたって言うんなら出てたんだろうな」
 ラギーがきれいに整えていたはずの寮長室は、見るも無惨に物であふれかえっていた。普段ならすぐに見つかりそうな式典服も、どこをどう探せばいいのが見当も付かない。
 珍しく自分で明日の準備をすると言うから見守っていたが、レオナが手を出せば出すほど散らかっていく。
「手伝いましょうか」
「俺一人でやるって言ってんだろうが」
「できてないから言ってんでしょうが」
 地元にいた頃の弟も、小さい頃は似たようなことを言って癇癪を起こしていたことを思い出した。弟のときは、どうしてもジャックの手を借りたくないと言い張るものだから、結局母の力を借りて事を収めた記憶がある。
「俺じゃなくて、ラギー先輩の手なら借りてくれるんすか?」
 別にラギーのことを母親だと思っているわけではないが……と心の中で言い訳した。
「借りねえって」
 レオナがぶつぶつと不機嫌そうに本の山を倒した。
 なんとなくホッとする。自分の手は借りてくれなくて、ラギーならと言われてしまったら、心の中にヘドロが溜まってしまいそうだ。なんなら今すぐここでオバブロしてしまうかもしれない。
「あーあったあった。ほら、一人でできたろ」
 ラグの下から黒い布をずろろろと引っ張り、レオナは得意げに笑った。
「どうしたらそんなところに服が入り込むんすか。先輩が参加した終業式って一年も前でしたっけ。クリーニングしたあとどうやって保管して……」
 埃まみれの式典服を見て、ため息がこぼれ落ちた。ついでに力も抜ける。
「これで式典服はOKだろ。あとは筆記用具と枕と」
「ふざけるのは顔だけにしてくださいよ」
「冗談だろ」
 レオナは枕をベッドに戻した。
 本当に持っていくとは思ってもいないが、この、あと一時間でジャックの就寝時刻になるというのにちっとも急がない様が苛ついて仕方ない。
 適当に床に転がっていたペンを鞄のポケットに突っ込み「これで明日の準備は終わったな」とまたレオナは笑った。
「……式典服」
「あ? そこにあるだろうが」
「んな埃っぽいの着て行くつもりですか。天下のサバナクロー寮長が? レオナ・キングスカラーが?」
 ジャックは拳を近くの机に叩きつけた。
 眠気と、レオナへのむかつきと、あとはなんだろうか。何かが胸の中で渦巻いている。
「も、いいです」
 レオナの手から式典服を奪い、背を向ける。
「何がいいんだ、ジャック」
「これ洗ってくるんで、先輩は部屋片しといてください」
「クリーニングなんか業者に頼めばいいだろ」
「今何時だと思ってんですか。明日の朝までにできあがるわけないと思うんですけど」
 トゲを含んだ言葉を発してしまう。よくないと思いつつ、撤回する気も起きない。
「電話一本でやってくれるだろ」
「どれだけ早くやっても、業者が入る以上ここから送って、洗濯して、送り返すのに一日はかかりますよ。俺が洗濯するのが一番早い。洗濯室はずっと空いてるんで」
「そんなことしてたらお前の寝る時間になるだろ」
「あんたが今それ言うんすか」
 これ以上物に当たってはいけない、ここにある物はすべてレオナの私物だ。怒りも苦しみもすべて胸の内で押し込めてしまわないと。
「ジャック」
 足音が数歩分聞こえ、レオナの手が背中に添えられるのがわかった。この大好きな、優しい声が今はただただ腹立たしい。
「業者挟めねえなら俺がやるから」
「やったことない先輩にできるわけがないでしょう」
 冷たい水に手をさらし、汚れを落とすレオナなど想像できない。したくもない。
「しなくちゃならねえんだよ。心配なら隣で見てろ」
 するりとジャックの手から式典服を抜き去り、レオナが真ん前に立つ。
「なんだっていきなり一人でやろうとするんですか――」
「できないくせに、か?」
 つい、その言葉を口にしそうだったことに気づいた。短時間に二度も言いそうだった。先ほども見逃してもらっただけで、内心はらわたが煮えくり返っていたに違いない。
「そう思われんのも仕方ねえけど。お前たちの手を借りてきたからな。魔法と手助けなしでも俺は生活できるってところを見せないといけないだろ?」
 じゃないと、口うるさい奴が研修先まで洗濯物を回収しに来そうだ――
 汚い部屋の真ん中で、レオナは眉を憂鬱げに歪め、それでいて口元を楽しそうにほころばせた。
「向こうで魔法が使えないってことはないだろうが、最低限やるべきことは手で覚えないと魔法で効率化させることも一苦労だ。と言ってたのはラギーだったな」
 ラギーと、研修先でどう過ごすのか心配だと散々話していたのを聞かれていたらしい。研修にお付きの者がいないなら、生活レベルが極悪になるだろうなどと、あんまりなことも言った気がする。
「その、違うんです。いや、言ったのは違わないんすけど」
 感情を強く胸の内に押し込めて、なかったことにしようとする。今この感情はいらない、出てくるな。
「先輩がちゃんと野菜食べて、きれいな部屋で生活してくれないと、心配で俺たち夜も眠れねえって話ですよ」
「それだけか?」
「それだけ、っす」
 押し殺していた感情をレオナが引きずりだそうとしてくる。やめてくれ。
「そうか。俺の見当違いだってことか。じゃ、きれいな部屋で寝てやるから絶対研修先に来んなよ」
 ジャックの目を真っ直ぐに見据えながら、レオナはペンを振る。たちまち部屋の中の物があるべきところに収まり、式典服も洗い立ての美しさを取り戻した。
「お前たちができないと思っているだけで、俺はなんだってできるんだぜ。お前がいなくてもな」
「……俺がいなくても」
 目をそらせず、ただ見返すことしかできない。レオナの感情も読めない。
「そうだ。なあ、お前はまだ俺に隠してることがあるだろ? 俺は手の内を晒してやったんだから、お前もぶちまけちまえよ」
 その言葉に、まるで嘔吐のように言葉が口からあふれ出す。
「寂しいです。先輩がいない寮で過ごすってのを想像したくないです。ラギー先輩にレオナ先輩を探してって頼まれて、どこ探しても先輩がいない夢をたまに見るんです」もうどうにでもなれと、押さえていた感情を吐き出す。「だから、先輩がちゃんと生活できなくて、俺やラギー先輩に部屋を片せとか書類まとめろとか、呼び出してくれないと困るんです。本当はちゃんと健康的に生きててほしいのに、でも汚い部屋で困っててほしいんです」
 醜い願望を言ってしまった。
 歯を食いしばり拳を握りしめ、どのような言葉も受け止める覚悟を決めた。
 レオナは穏やかに笑い、ジャックの頬を撫でた。
「寂しいのは俺だけだと思ってた。よかった」
 そして、自身の額をジャックのそれにこつんと当てる。
「お前がちゃんと生活して、俺のことを思い出しながら健康的に生きてくれないと俺は困る。たまに帰ってくるから、それまできちんと寝て起きて、飯食って待っててくれ」
 ジャックの睫毛の先についた滴を、そっと指先ですくい取る。
 ぼやけた視界に映るレオナは、やはり眉を憂鬱げに歪めていた。

 

 

レオジャク_2week
Twitter投稿2023.8.27

レオジャク,SS

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