これはおいしいお寿司
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No.17
ヘアバンド
–イメチェン
後輩から贈られたヘアバンドは、存外使い勝手がよかった。手触りと縫製はまあ、学生が奮発できる程度の質だった。しかし、伸縮性と吸水性に優れ、学園生活で使う分には充分といえた。
放課後。運動着に着替え、長くなった前髪をずいっとヘアバンドで持ち上げる。
吹き抜ける緑の風に乗り、箒で空を舞う。
激しい運動をしてもズレることがない上に、いつもであれば目に入る汗も吸い取ってくれる。
あの後輩は性格に難があるが、物を見る目はあるらしい。
レオナは箒の上に立ち、何にも遮られない視界でフィールドを見下ろした。
部活が終わり、心地よい疲労感を引きずりながらヘアバンドを外して寮に戻る。部員たちは夕飯や宿題などの話を元気にしている。
ちょうど時間が被ったのだろうか、後ろから贈り主の声がかけられた。
「レオナ先輩、お疲れ様っす」
振り向くと、大きな尻尾を一振りさせ、金色の眼をぴかぴかに光らせた狼が、ほんの少し高いところからレオナを見下ろしていた。
「ああ」
「これから夕飯ですか?」
「まあな」
なんてことのない言葉を掛け合う。
この狼はいつもすれ違う度に律儀に挨拶をしてくる。そして、特に用事がなくてもなんとか会話を繋げようと話題を絞り出す。別に挨拶だけして立ち去っても、そもそも声をかけずに通り過ぎても気にしないのだが。それをまめと呼ぶべきか、面倒と呼ぶべきか。
「じゃあな」
いつものように適当なところで切り上げようとすると、ジャックがひときわ大きな声を出した。
「なんだ」
「あ、いや。すんません」落ち着かなさそうに唇を噛んだり両手を擦り合わせたりして。「その……それ、使ってくれてるんだと思って……」
おずおずとジャックが指差したのは、レオナが外して手に持ったままのヘアバンドだった。
「あ? ああ、なかなか使えるモンをくれるじゃねえか。悪くねえ」
じっとりと湿ったそれを持ち上げ、レオナは口端をかすかに上げた。
レオナに褒められて嬉しくなったのか、ジャックは頬をうっすらと染め、尻尾を大きく振った。
「いいモンを使い慣れてるから心配だったんすけど。役に立てたようでよかったです」
顔をほころばせると、太陽が雲隠れするように金が隠れた。
感情を馬鹿正直に出す生徒は利用されやすい。考えていることがわかりやすく、感情を意図的に武器にできないからだ。ゆえに、人を利用して上に立とうとする生徒ほど己の感情を上手に隠す。
同学年にその傾向はよく見られ、そしてラギーも御多分に洩れず、表に見せるべき感情を使い分けていた。
ジャックは生まれ持った性分なのか、それとも染まりきっていないだけなのか、表情をコロコロと変えるように見える。それが意図的でないということは、ほかの生徒よりも感情豊かな尻尾が証明している。
太陽がまた顔を出した。機嫌の良さそうな頬はまだ高いままだ。
「また……また、気が向いたら使ってくれると嬉しいです」
「おう」
では、とジャックは金色を輝かせて走り去った。
翌朝、目覚めがよかったので朝練に顔を出した。夕べのうちに洗濯させておいたヘアバンドを、運動着の一部のように着けていた。贈られたのはつい先日だというのに、ずっと前から日常的に着けていたかのように馴染む。
朝練を終えてシャワーを浴びたかったが、着替えを忘れたことに気づいた。仕方なく自室に向かって歩いていると、ロードワークを終えたらしいジャックの背中が視界に入った。
向こうがレオナに気づいていないのなら面倒な会話は発生しない。気づかれないように距離を取ろうと足を止める。ついでに物陰に入る。
狙い通りジャックはレオナに気づかないまま、部屋に辿り着きドアに手を掛けようと横を向いた。
と。
ジャックの、やけにひらけた額に目が吸い寄せられる。
普段は下ろしている前髪の房をすべて後ろに撫でつけている。眉も瞳もいつも見ているものと変わらないのにどうしてか、目が離せない。
ドアノブに手を掛けて開くまでの一瞬が、永遠に感じられた。
予定外の動揺にほんの少し体のバランスが崩れ、レオナは慌てて立ち直ろうと踏ん張る。
みしり、と静かな廊下に小さな軋みが響いた。
部屋の中に入ろうと一歩踏み出していたジャックは、音が聞こえた方向に目を向け、レオナの姿を捉えた。
物陰でこそこそとしている寮長に驚いたのか、ジャックの目がまん丸に見開かれた。
そして二人はお互いの顔を見つめながらじっと動かないでいる。
ジャックのほつれた数本の前髪から滴が垂れ、涙のように頬を伝い床に落ちた。
日に焼けた頬がじわりと色づくのを見た。
何か言い訳の一つでもすべきかと、レオナはゆっくりと歩み寄りながら口を開いたが、先に言葉を発したのはジャックのほうだった。
「ヘ、アバンド、似合ってます、ね」
慣れない外国語でも使っているようにたどたどしい。
そういえば、と額に手をやるとヘアバンドをつけたままだった。
「使ってるところ……初めて見たんで」
ジャックはレオナから目を離さないまま、ぼんやりとした調子でいる。
心臓が、痛い。
小さな声が聞こえた。
レオナはジャックの額のあたりを見ながら、足を止めることができないでいた。
そうして近づくと、ジャックが汗だくで浅い呼吸を繰り返していることに気がつく。まだクールダウンしきれていないのだろうか。
一歩分の間を残してレオナは立ち止まった。
「先輩、すげえ心臓に悪いです、それ……」
ジャックのかすれた声が耳にこびりつく。
真っ赤に熟れた林檎の頬が感染りでもしたのだろうか、自身の頬も熱を持ち始めたような気がした。
太陽のような金色が、じりじりとレオナを焦がすように見つめている。
「そんな目で見るなよ」
思わず言葉を漏らした。
瞬時に金色は伏せられる。
また一つ、滴が頬を流れ落ちた。
誰かの足音が聞こえるまで、二人は廊下に立ち尽くしていた。
レオジャク_2week
Twitter投稿2023.9.17
レオジャク
,
SS
2026.1.15
No.17
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放課後。運動着に着替え、長くなった前髪をずいっとヘアバンドで持ち上げる。
吹き抜ける緑の風に乗り、箒で空を舞う。
激しい運動をしてもズレることがない上に、いつもであれば目に入る汗も吸い取ってくれる。
あの後輩は性格に難があるが、物を見る目はあるらしい。
レオナは箒の上に立ち、何にも遮られない視界でフィールドを見下ろした。
部活が終わり、心地よい疲労感を引きずりながらヘアバンドを外して寮に戻る。部員たちは夕飯や宿題などの話を元気にしている。
ちょうど時間が被ったのだろうか、後ろから贈り主の声がかけられた。
「レオナ先輩、お疲れ様っす」
振り向くと、大きな尻尾を一振りさせ、金色の眼をぴかぴかに光らせた狼が、ほんの少し高いところからレオナを見下ろしていた。
「ああ」
「これから夕飯ですか?」
「まあな」
なんてことのない言葉を掛け合う。
この狼はいつもすれ違う度に律儀に挨拶をしてくる。そして、特に用事がなくてもなんとか会話を繋げようと話題を絞り出す。別に挨拶だけして立ち去っても、そもそも声をかけずに通り過ぎても気にしないのだが。それをまめと呼ぶべきか、面倒と呼ぶべきか。
「じゃあな」
いつものように適当なところで切り上げようとすると、ジャックがひときわ大きな声を出した。
「なんだ」
「あ、いや。すんません」落ち着かなさそうに唇を噛んだり両手を擦り合わせたりして。「その……それ、使ってくれてるんだと思って……」
おずおずとジャックが指差したのは、レオナが外して手に持ったままのヘアバンドだった。
「あ? ああ、なかなか使えるモンをくれるじゃねえか。悪くねえ」
じっとりと湿ったそれを持ち上げ、レオナは口端をかすかに上げた。
レオナに褒められて嬉しくなったのか、ジャックは頬をうっすらと染め、尻尾を大きく振った。
「いいモンを使い慣れてるから心配だったんすけど。役に立てたようでよかったです」
顔をほころばせると、太陽が雲隠れするように金が隠れた。
感情を馬鹿正直に出す生徒は利用されやすい。考えていることがわかりやすく、感情を意図的に武器にできないからだ。ゆえに、人を利用して上に立とうとする生徒ほど己の感情を上手に隠す。
同学年にその傾向はよく見られ、そしてラギーも御多分に洩れず、表に見せるべき感情を使い分けていた。
ジャックは生まれ持った性分なのか、それとも染まりきっていないだけなのか、表情をコロコロと変えるように見える。それが意図的でないということは、ほかの生徒よりも感情豊かな尻尾が証明している。
太陽がまた顔を出した。機嫌の良さそうな頬はまだ高いままだ。
「また……また、気が向いたら使ってくれると嬉しいです」
「おう」
では、とジャックは金色を輝かせて走り去った。
翌朝、目覚めがよかったので朝練に顔を出した。夕べのうちに洗濯させておいたヘアバンドを、運動着の一部のように着けていた。贈られたのはつい先日だというのに、ずっと前から日常的に着けていたかのように馴染む。
朝練を終えてシャワーを浴びたかったが、着替えを忘れたことに気づいた。仕方なく自室に向かって歩いていると、ロードワークを終えたらしいジャックの背中が視界に入った。
向こうがレオナに気づいていないのなら面倒な会話は発生しない。気づかれないように距離を取ろうと足を止める。ついでに物陰に入る。
狙い通りジャックはレオナに気づかないまま、部屋に辿り着きドアに手を掛けようと横を向いた。
と。
ジャックの、やけにひらけた額に目が吸い寄せられる。
普段は下ろしている前髪の房をすべて後ろに撫でつけている。眉も瞳もいつも見ているものと変わらないのにどうしてか、目が離せない。
ドアノブに手を掛けて開くまでの一瞬が、永遠に感じられた。
予定外の動揺にほんの少し体のバランスが崩れ、レオナは慌てて立ち直ろうと踏ん張る。
みしり、と静かな廊下に小さな軋みが響いた。
部屋の中に入ろうと一歩踏み出していたジャックは、音が聞こえた方向に目を向け、レオナの姿を捉えた。
物陰でこそこそとしている寮長に驚いたのか、ジャックの目がまん丸に見開かれた。
そして二人はお互いの顔を見つめながらじっと動かないでいる。
ジャックのほつれた数本の前髪から滴が垂れ、涙のように頬を伝い床に落ちた。
日に焼けた頬がじわりと色づくのを見た。
何か言い訳の一つでもすべきかと、レオナはゆっくりと歩み寄りながら口を開いたが、先に言葉を発したのはジャックのほうだった。
「ヘ、アバンド、似合ってます、ね」
慣れない外国語でも使っているようにたどたどしい。
そういえば、と額に手をやるとヘアバンドをつけたままだった。
「使ってるところ……初めて見たんで」
ジャックはレオナから目を離さないまま、ぼんやりとした調子でいる。
心臓が、痛い。
小さな声が聞こえた。
レオナはジャックの額のあたりを見ながら、足を止めることができないでいた。
そうして近づくと、ジャックが汗だくで浅い呼吸を繰り返していることに気がつく。まだクールダウンしきれていないのだろうか。
一歩分の間を残してレオナは立ち止まった。
「先輩、すげえ心臓に悪いです、それ……」
ジャックのかすれた声が耳にこびりつく。
真っ赤に熟れた林檎の頬が感染りでもしたのだろうか、自身の頬も熱を持ち始めたような気がした。
太陽のような金色が、じりじりとレオナを焦がすように見つめている。
「そんな目で見るなよ」
思わず言葉を漏らした。
瞬時に金色は伏せられる。
また一つ、滴が頬を流れ落ちた。
誰かの足音が聞こえるまで、二人は廊下に立ち尽くしていた。
レオジャク_2week
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