これはおいしいお寿司

No.54

クラブウェア最高~!!!MA・E・GA・MI!!!オレ馬鹿だからわかんねーけど運命ってこういうこと!?

-2024.5.5で出していた無配

「先輩、おでこが……!」
 サッカー部のマネージャーよろしく差し入れ片手に――残念ながらレモンの蜂蜜漬けではなくプロテインである――マジフト部に顔を出したジャックが、あんぐりと口を開けていた。

 その日は他校がNRCに練習試合に訪れていて、公式ユニフォームを皆一様に身にまとっていた。
 NRC生はどの部活も大体黒と紫を基調としたユニフォームを作っており、それはマジフト部も例外ではない。
 真っ青な空の下、黒い烏のような集団が箒に乗って飛行していた。風にはためくジャケットが眩しい。
 ジャックが目を細めながら空を見上げていると、それに気づいた一人の選手がロングジャケットをひるがえして滑らかに地上に降り立った。
「なんだ、見に来たのか」
 マネージャーから手渡されたタオルで額の汗を拭きながら、サングラスを外したレオナがジャックの元へ歩いてくる。
「ちょうど試合前のアップが終わったところなんだが……」
 ジャックの耳はレオナの声を捉えることを忘れてしまっていた。全神経が目に集中し、その目はレオナの額に吸い寄せられる。
 普段下ろしているレオナの前髪は大胆に上げられ、利発そうな額を惜しげもなく太陽の下に晒していた。
「おい、ジャック。話聞いてんのか?」
 口を半開きにしたままのジャックに気づいたレオナがいぶかしげに聞き、冒頭に戻るわけである。
 
「おでこ……がどうかしたか?」
「いや、その。髪上げてるなあと思って……」
 ジャックはハッと我に返り、慌てて返事をする。
 言葉にするとなんでもないように思えて、たかが髪型一つで動揺している自分が恥ずかしくなった。でも、仮にブロマイドが売られていたら絶対買うしサインももらいたい。でも、ただの後輩にそんな対応をするとは思えないので、ただの夢物語だ。
 何年もずっと追いかけていたレオナを前にすると、しっかり一線を引いて後輩として接しようとする自分と、ファンとしての自分が拮抗してどうしていいかわからなくなる。あくまでも冷静に接して、きちんと自立していざとなったら頼りになる一人の後輩として見てもらいたいのだが。
「ああ、プレイの邪魔になるからな。お前は試合のとき前髪はどうしてるんだ?」
「まだ公式の大会に出たことないんで、校内で走ってるだけなんですけど。何もしてないです」
「そうか。地べたの走り方なんざ知らねえが、上げたほうが走りやすくなることもあるかもしれねえな」
 現状視界が遮られているわけでもないし、障害物を避ける必要がある競技でもないから気にしていなかったが。
 ジャックは前髪の房をつまんで、軽く持ち上げてみた。
 なるほど、当たり前になっていたから意識していなかっただけで、前髪を上げると視界がクリアになる。
「先輩の貴重なアドバイス、ありがとうございます! 今度部活で試してみます!」
 憧れのレオナからの助言は、なんだって聞き入れる姿勢だ。
 それにしても。
「前髪上げるだけで、随分雰囲気が変わりますね」
「褒めてんのか? ありがとよ」
 普段は物憂げな空気をまとっているように見えるが、今は部活へのやる気に満ちた理知的な選手にしか見えない。まとまりきらなかった後れ毛が、いつもの数倍艶っぽく感じる。後ろで高く結い上げた髪にまざる三つ編みは、激しい運動でほつれていたが、それすらレオナの顔を彩る額縁に思えた……あとで写真を撮らせてもらえないか聞くべきか。
「いつもの先輩もかっこいいっすけど、今の先輩も頭よさそうで好きっすね」
「よさそうじゃねえ、実際にいいんだよ」
 自身の頭をコツコツと叩いて、レオナは笑った。
「で、なんだ、差し入れか?」
「忘れてた。これ、プロテインです! 俺がずっと飲んでるやつなんで、成分は十分にあると思います……高級なやつには劣りますけど、よかったら」
「気が利くじゃねえか――もう時間だ。試合、見ていくだろ?」
 サングラスをかけ、箒に跨がりながらレオナが聞く。
「当然っす」
 薄橙の遮光レンズが太陽に反射する。
 飛び立つ姿もサマになっていて、心臓のあたりがぎゅっと締め付けられる感覚があった。

 自室に戻って、前髪をワックスで上げて鏡を見たジャックは、呻いてベッドに転がった。
「先輩とおそろいじゃねえか……」
 前髪を上げるということは、そういうことである。話しているときはそのことにちっとも気づかなかったので、盲目とは恐ろしい。
 上げた髪をぐしゃぐしゃに下ろして、気持ちを落ち着けようと深呼吸する。
 レオナに提案されたということは、本人からおそろいの許可が出たと捉えていいということではないだろうか。いや、レオナにそんな気はなく、ただただ親切心で邪魔そうな前髪を上げてみればと言っただけで。
 手鏡を凝視して、もう一度震える手で前髪を上げる。
 憧れの人とはかけ離れた、ぐちゃぐちゃの髪に真っ赤な頬の自分自身が映っているだけだった。
 ため息をついて、天井を見上げる。
 たかが髪型一つ真似ただけで、近づけるとは思っていない。それでも、あの背中までの距離を実感する。
 いつか追いつけるように。
 今はただ走るのみだ。
 部活のときだけ、前髪を上げよう。
 目標を見失わないように。
 太陽を遮って悠々と飛び回る一人の姿を思い浮かべながら、目を瞑った。


頒布2024.5.5

レオジャク,SS

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