これはおいしいお寿司

No.70

太陽

-太陽のような男

 冷たい風で耳はちぎれそうになるし、呼吸すれば肺の奥まで凍りつきそうになるし、冬は嫌な季節だ。太陽はまだ東の空で白く光っている。
 レオナはマフラーに顔を埋め、ラギーに引きずられるがままに朝から登校していた。なんでも今日の授業は全部受けないといよいよ危ないだとかなんとか言うが、それはこんなに寒い日に叩き起こしてまで受講する価値のある授業なのか、甚だ疑問である。マフラーの中に愚痴をこぼして、嫌々メインストリートを歩く。
「なんだってこんな寒い外を歩かねえといけねえんだ」
 寮の気温を調整できるのなら、学園の敷地ごと季節を変えてしまえばいい。年中過ごしやすい気温なら、さぞ外で寝やすかろう。
 だが、どんな環境でも眠れるのがレオナ・キングスカラーだ。歩きながらレオナはうとうとと眠気に引き込まれていく。
「れ、レオナさーん! こんな寒いのに寝たら死ぬって!」
「あと五分……」
「五分、じゃねえッスよ。アンタ重いんだから自分で歩いてくださいよ」
 ラギーの声が遠のいていく。ここは素直に寝てしまったほうが頭がしゃっきりするに違いない。
 レオナが瞼をしっかり閉じ、立ったまま入眠の姿勢を取ったときだった。
「おはようございます! ラギー先輩!」
 ドデカい声がレオナのちいさな耳を貫き、静かなメインストリートにぐわんと響き渡る。
 レオナは驚いてぱちぱちと瞬きを繰り返す。
「ウワ、今日もうるさいッスね」
「あざす!」
「褒めてないし」
 ジャックが白い息を吐きながらタッタカ走ってきて、ラギーに深々と頭を下げているのが見えた。冬毛ともこもこの分厚い防寒着で、体が普段の二倍に膨れ上がっている。
「まだその挨拶運動をやってたのかよ」
「レオナ先輩、おはようございます!」
「声がデケえ」
「あざす!」
 眠気が吹っ飛んでしまったとジャックを睨むと、ジャックはレオナにも律儀に挨拶をした。嫌みが一切効かないこの後輩は厄介な存在だ。
「レオナ先輩、今日は朝からいるんすね」
「優秀な学生だから授業に出てやるんだよ」
 舌打ち混じりに言うと、ジャックは呆れた顔をする。
「本当に優秀なら毎日学校にいると思うんすけど」
「優秀だから授業を受けなくても充分な知識が備わってんだよ」
「ああ言えばこう言う……」
 いちいち突っかかってくる後輩に付き合っていられない。もう一度舌打ちをして、レオナは校舎に向けて歩きだそうとする、が。
「――でも、」
 ジャックが口を開くから、つい足を止めてしまった。
「今日はラッキーっすね」
 ジャックの耳と尻尾がぱたぱたと揺れる。
「あ?」
「珍しく朝からレオナ先輩に会えたんで」
 そう言って、ジャックはぴかぴかと光る牙を見せて笑った。その眼差しは一点の曇りもなく、ただ嬉しいだけなのだと真っ直ぐに伝えてくる。
 レオナは一瞬黙り、喉から干からびたような声を出した。
「……ンな寒いのに暑苦しい奴だ」
「あ、すみません、今日クルーウェルから早めに来いって言われてたんでした。先に行きます! じゃラギー先輩、また昼飯のときに席取っとくっす!」
 時計を見て、ジャックはまた深々と頭を下げてすぐに駈けだした。
「はーい……やれやれ、元気ッスね」
 ラギーのため息交じりの笑い声がやけに遠く感じる。
「ほら、レオナさん授業行くッスよ……レオナさん?」
 ジャックの太陽のような笑顔が脳裏に焼き付き、レオナはその場から動くことができなかった。
「ほらー、ずっと外にいるから顔が真っ赤になってるッス。中、入りましょ」
 ラギーに背中を押され、ようやくレオナは歩き出す。
 真冬の白い太陽に焦がされ、レオナの体中の血が燃え上がっていた。




Twitter投稿2025.12.1

レオジャク,SS

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