これはおいしいお寿司

No.71

一番星

-約束

 本日最後の授業を終え、部活に向かう頃には既に太陽が西の空へ沈もうとしていた。
 ジャックは制服の隙間を縫って侵入してくる寒気に身を震わせ、頬をぱちんと叩いて気合いを入れ直した。これからタンクトップにハーフパンツのトンデモ薄着で走るのだ。多少の風ごときで立ち止まるわけがない。
 校舎を出てグラウンドに向かって歩いていると、正面から歩いてくるレオナにばったりと出くわした。珍しくラギーが傍にいない。
「レオナ先輩、こんにちは。もう授業は終わったんですか」
 ジャックは駆け足でレオナと距離を詰め、頭を下げて挨拶をする。思いがけずレオナに会えて、ジャックの尻尾は機嫌よく左右に振れた。
「授業……ああ、そうだな、終わったらしいな」
 そういえばそんなものがあったかと、白々しく小首を傾げるレオナにジャックは顔をしかめた。
「今日もサボったんすか」
「知っている内容を二度も聞くのは無駄だろう。時間は有効活用するのが賢い人間だ」
 わざとらしくレオナは自身の頭を指先でこつこつ叩く。ジャックはレオナの肩についた葉を摘まんだ。温帯ゾーンに生えている植物だ。
「植物園で眠るのが有効活用なんすか?」
 葉を地面に捨て、じっとりとレオナを見下ろすと、レオナはジャックの視線を避けてそっぽを向いた。
「脳みそには休息が必要だ」
「休息を取り過ぎて留年になったら元も子もねえっすよ」
「うぜえな」
 フンと苛立たしげに息を吐き、レオナはジャックを睨み上げた。
「そんで、犬ッコロはこれから部活か」
「そっすけど」
「こんな寒いのによくやるな」
「毎日走らないと筋肉が走り方を忘れるんで。レオナ先輩はこれからどこに?」
 レオナの歩く先には校舎しかないが、とジャックは首を傾げた。
「図書館だ。貸出期限が切れて、毎日司書からの催促がうるせえ」
 レオナは懐から分厚い本を何冊か取り出し、ジャックの鼻先でひらひらと振った。
 何やら難しいタイトルが並んでいる。
「それ、全部読んだんすか」
「当たり前だろう。読むために借りてるんだ」
「どんな内容だったんすか?」
 怠惰という言葉を体現しているレオナが、分厚くて難しい本を持っているということに興味をひかれ、ジャックは思わず身を乗り出すようにして聞いた。
「お前にはまだ理解できないだろうが。そうだな……言語学の観点から見る詠唱についての研究ってところだ」
「その説明言葉だけだと一応理解はできますけど」ジャックはちらりと本の厚さを見て「よくわからねえ細かいことがたくさん書いてありそうっすね」
「そのよくわからねえことは、授業を聞いているうちにきっかけが掴めるってもんだ。魔法をうまくコントロールしたけりゃこういう理論も勉強しておけよ、一年坊主」
 ぺち、とレオナが本の表紙でジャックの額を軽くはたく。
「っす――って、授業をサボるレオナ先輩に言われたくねえんすけど」
 うまくごまかされそうになった、とジャックは唇を尖らせた。
「あーはいはい、テストで満点を取ってから俺に口出しすることだな」
 平均以上の点数は取れるものの、なかなか満点を取れずにいるジャックはさらなる小言を呑み込んだ。結果を伴わなければ意見を言う権利がないのは、レオナの言うとおりだ。
「じゃあ、今度の定期試験で満点取ったら授業サボらないでください」
「テメェには難しすぎる目標だろう」
 レオナは鼻で笑った。ジャックは思わず拳を握りしめるが、そのハードルの高さもまた自覚していたから何も言えない。
 黙り込むジャックを見て、レオナは薄く笑いながら口を開いた。
「次、トレインの小テストで満点を取ったらわからないところを教えてやる」
「えっ」
「満点を取る手助けだけはしてやる。後輩に勉強を教えてやったと言えば、多少のサボりは見逃されるからな」
 後半の不真面目な言葉は聞かなかったことにして、ジャックは素直に尻尾を激しく振った。
「絶対っすよ」
 次の小テストまでの日数を数え、ジャックは拳をぎゅっと握りしめる。
「俺が約束を破ったことはあるか?」
「……うまく言いくるめて約束をなかったことにすることはありますよね」
 あのときもこのときも……とジャックは指折り数える。レオナは素知らぬ顔をして口笛を吹いた。
「さて、俺は図書館に行く。お前もさっさと部活に行け。筋肉が走り方を忘れるんだろう?」
 レオナは本を懐に戻し、シッシと手を振る。
「そうだった。失礼します!」
 ジャックは慌ててグラウンドに向かって走り出し、足を止めて振り返る。
「先輩、絶対ですからね、忘れないでくださいよ」
 レオナが黙って片手を振るのを見て、ジャックはまた走り出した。
 橙と紺が混ざりゆく空に一番星が光るのが見えた。




Twitter投稿2025.12.3

レオジャク,SS

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