これはおいしいお寿司

No.72

初デート

-デートだ!

 日曜の朝、レオナを誘ってジャックは麓の街に下りていた。
 ついこの間付き合い始めたばかりで、二人はデートなどしたことがない。勇気を出してレオナを買い物に誘ってみると、意外にも二つ返事で了解を得られた。寒さが厳しくなってきていつも以上に外に出たがらないレオナだから、てっきり断られると思っていた。なんとかオーケーをもらおうと、天気予報を確認して気温が高く晴れ予報の日を選んだり、麓のおいしい店を探したりと準備をしていたので、ジャックは駄々をこねる必要がなくなり胸を撫で下ろした。とりあえず恋人としてのステップを一つ進むことができそうだ。
 迎えた当日、密かな達成感に溢れながらジャックは暖かな陽射しの中を歩いていく。レオナは一歩遅れてついてきている。
「今日は文房具屋でノートやインクを買って、服屋でマフラーを買う予定なんですが、レオナ先輩は何か予定はありますか?」
「いや、特にねえ」
 後ろを振り返りながら聞くと、レオナは言葉少なに答えた。少し素っ気なく聞こえたが、ジャックは敢えて気にしないように努めた。
 こんな、購買部で済ませられそうな買い物に付き合ってくれるだけありがたいというものだ。そもそも、ジャックの告白にオーケーをもらえたのが奇跡なくらいだから贅沢は望めない。
「それじゃあ俺の用事を済ませちまいますね」
 明るい声を出してジャックは文房具屋に向かった。

「今日は付き合ってくれてありがとうございました」
 買い物を済ませ、服屋の外でジャックはレオナに頭を下げた。まだ昼を少し過ぎたくらいの時間だが、もうジャックの用事はすべて終わり、帰るのみだ。
 文房具屋でも服屋でも、二人は別行動をしていた。レオナは特に用がないということだったが、ジャックの商品選びには興味がないらしく、店内に入るやいなやすぐに姿をくらましてしまった。
 それに対して不満がないわけではないが、人の買い物を見ていてもつまらないということはジャックも理解している。自分の好みの物を買うだけだから、レオナの意見を求めることもない。ただ、少し寂しかっただけだ。
 浮かれすぎだとジャックは自嘲の笑いを滲ませた。まだ付き合って日が浅いし、互いのことは知らないことが多い。多少なりともジャックに好意があるから恋人になってくれたと思いたいが、実際のところはわからない。デートだと思っているのもジャックだけで、きっとレオナは買い物に付き合っているとしか思っていないだろう。先輩と後輩として接していた頃は、思ったことをすぐに口に出していたのに、恋人という関係になった瞬間に嫌われるのが怖くなって何も言えずにいる。それでも、少しずつ、少しずつ。ゆっくり距離を縮めて、自分たちなりの関係を作っていけばいい。
 ジャックはまた明日から頑張ろうと決意を胸に決め、口を開いた。
「じゃあ帰りますか」
「は?」
「え?」
 レオナの素っ頓狂な声が聞こえて、ジャックもまた間抜けな声を出した。
「いや、帰るって、お前」
「もう今日の用事全部終わったんすけど」
 レオナの何か言いたげな顔に、ジャックは首を傾げた。さっさと帰って自室で眠りたいのではと思っていたが、そうではないのかもしれない。
「まだ帰る時間じゃねえだろう」
「でも……」
 眉間に皺を寄せてこちらを睨み上げるレオナに、もしかしたらとじんわり期待が込み上げてくる。
「あの、まだ付き合ってくれるんすか……?」
 そうであってくれと願いながら、ジャックはレオナを見つめる。
 レオナは舌打ちをしてジャックから目を逸らした。
「今日はデートだと思っていたのは俺だけか?」
 ぼそりと落とされた小さな声を、ジャックの大きな耳は聞き逃さなかった。尻尾が大きく揺れる。
「デートって」
「週末に街に行きたいって言ったのはテメェだろうが」
 だから予定は入れなかったのに、とレオナは頭を乱雑に掻きながら吐き捨てるように言う。ジャックにとっては信じがたいことに、レオナのその唇は少し尖り、拗ねているかのように見えた。
「今日は予定がないって、そういうことだったんすか。てっきり買い物が終わったら帰るもんかと……」
 一人で落ち込んだり不満を持ったり。今までの時間はなんだったんだ、とジャックは嬉しい反面力が抜けて大きくため息をついた。
「俺だけが楽しみにしていたのかと思ってました」
 返事は素っ気ないし、買い物中黙ってどこかに行ってしまうし、とデートにしてはありえないレオナの行動を指折り数える。
「いつもそんなもんだろうが」
 レオナは偉そうに腕を組んで、俺は何も間違っていないと言う。
「もう少し優しくしてくれたっていいじゃないすか。その……こ、恋人になったんだし」
 恋人という単語を口に出すと、途端にジャックの頬が熱くなった。気恥ずかしくてたまらない。
「初心かよ」
 呆れたように笑っているレオナの頬もじわじわと赤みが差してくるのが見えて、ジャックはレオナから目を逸らした。顔を見るともっと照れてしまいそうだ。
「あー、テメェのが移った」
「初心で悪かったっすね。先輩が初めてなんだから、仕方ねえだろ」
「チッ……飯食いに行くぞ」
 頬がまだ赤いままのレオナは先に歩き出す。
「は、はい!」
 ジャックは慌てて追いかけ、レオナの隣で歩みを揃える。
「何を食いたい」
「肉と甘いもの」
 話しながら、ぶらぶらと揺れている互いの手の甲が手袋越しにぶつかった。即座にジャックは手を引っ込めて、太腿にぴたりとくっつける。
 ちらりとレオナを見ると、顔色がまったく変わらず視線が泳ぐこともなく、まっすぐ前を見て何も気にしていないようだった。
 経験の差からか、やはり一人でどきどきしているのがわかって悔しい。自然に手を繋げるようになれたらいいのに。
 そう思ってジャックはレオナの手を見る。
 レオナの指先は不自然に開かれ、手の動きもジャックのほうに近づいたり離れたりと落ち着かなかった。
 もしかしたら。
 ジャックは震える手のひらを一度握りしめてから開き、意を決してレオナの手に触れた。一瞬びくっとレオナの手は跳ね――長い指でジャックの手を握ってきた。ジャックもそれに応えて握り返す。
「ふへへ」
「……調子が狂う」
 締まりのない笑い声が思わずこぼれ、レオナは悪態をつく。
 当たり前のように手を繋ぐにはまだ時間がかかりそうだ。




Twitter投稿2025.12.3

レオジャク,SS

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