これはおいしいお寿司
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No.76
酒
-未成年飲酒
レオナが珍しく朝から起きていると思いきや、一日中不機嫌な顔で過ごしていたらしい。他寮生が校舎内で軽くぶつかっただけで危うく砂にされかけただとか、昼食の皿に野菜が入っていただけで皿を割りかけただとか、不穏な噂をいくつもジャックは耳にした。いつもなら気にも留めない些細なことなのに、と心配になり夕食後寮長室へ足を運んだ。
「レオナ先輩」
少し控えめにノックをして声をかける。返事はなかった。だが、物音は聞こえる。
「入りますね」
ジャックはそっと中に足を踏み入れた。
強いアルコールの香りが充満している。
照明をつけていない部屋は、一ヶ月掃除していないかのような荒れ模様だった。ラギーがきれいにクローゼットにしまっていたであろう衣服はすべて床に放り出され、中には酷く裂けているものもあった。アクセサリー類も部屋の至る所に散らかり、紐がちぎれてビーズが散乱していた。ガラス類が落ちていないことだけが幸いだった。
ジャックは衣類を拾って人一人歩ける道を作りながら、ベッドに座ってボトルを抱えているレオナの元へ歩く。
「何しに来た」
レオナは背の低い大きなグラスに入った琥珀色の液体を勢いよく呷った。
ジャックに向ける緑の瞳は据わり、頬は軽く色づいている。相当酔っているように見えた。ジャックを見ながらとくとくと空になったグラスを満たす。
「敷地内での飲酒は校則違反っす」
半分ほど酒が入っているボトルをレオナの腕から抜き取り、ジャックはベッドに腰掛けた。
「誰も俺に指図なぞできねえ。そうだろ?」
レオナが口を開く度、甘いような燻製のような芳醇な香りが広がる。ジャックは顔をしかめた。匂いだけで酔ってしまいそうだ。
「あんたは学生だから学校のいうことには従わねえと」
「テメェも俺に指図するのか?」
ジャックの肩に何かを投げつけられる。固いそれはレオナのスマホだった。何気なく画面を見ると着信履歴が表示されている。今日の朝早い時間に、【国】から電話があったらしい。レオナの瞳が薄暗がりの中で光った。ジャックを睨みつけているようで、その視線はどこにも向いていなかった。
見たことを気取られないよう、ジャックは黙って画面の表示をオフにしてレオナに返す。
「もう寝たほうがいいっすよ」
レオナの手からグラスを取ろうとすると、思いのほか強く抵抗された。
「眠れねえから飲んでるんだろ」
「飲んだところで悪いことは何も忘れられないし、明日に響くだけです」
「俺に明日なんかあるかよ」
へらりと笑ったレオナはグラスからジャックの指を剥がし、また酒を飲もうとする。どのくらい飲んだかは正確にはわからないが、レオナや部屋から香るアルコール臭からして健康的な量ではないことは確かだ。仕方がないとジャックは力づくでグラスを奪い、なみなみとグラスを満たしている酒を飲み干した。
「おい……ジャック!」
「……なんすか」
ジャックの喉は焼け付き、熱で食道と胃袋の形がくっきりとわかる。目を見開いたレオナを見て気分がよくなる。
「お前……お前、未成年だろ」
言葉を探すようにレオナは口を開いては閉じて、眉間に皺を寄せていた。
「地元じゃ寒さをごまかすために少し飲むことがあったんで。まあ、最近は飲んだほうが体が冷えるってんで、紅茶に変わりつつあるんですが。それにしてもこの酒、度が強すぎませんか。悪酔いしますよ」
まだ喉元が熱い、とジャックは首を撫でた。校舎のほうで飲んでいたら、外で酔い潰れて凍死することすらありえる度数だ。レオナが寮内で飲んでいたことをありがたく思う。
顔を引きつらせたレオナがぺたぺたとジャックの顔を温かな手で触った。
「ジャック、お前」
「レオナ先輩、手があったかいっすよ。もう眠いんじゃないっすか」
レオナの手に自分の手を重ねる。何を慌てているのかはわからないが、レオナが向けてくる感情が嬉しくてたまらない。
「酔いが醒めた。寝る」
「じゃあ、俺はもどり――」
小さくこぼされたレオナの言葉に、どうにか眠ってくれそうだとホッとして立ち上がろうとしたら、レオナがジャックの手を掴んだ。
「今日はここで寝ろ」
「俺、もう寝る時間なんですが」
「だから寝ろって言ってんだろ」
「あ……っす」
今から激しい運動はしたくないと言外にほのめかしたが、レオナは言葉通りに言っていただけらしい。ジャックは己の早とちりに頬を赤らめた。少し酔っているのかもしれない。自身の頬に手を当てて恥ずかしさをごまかした。
酒のボトルとグラスを机に置き、先にベッドに潜り込んでいるレオナの隣に入る。
「明日は起きたら部屋の掃除っすよ」
「ラギーにやらせとけ」
「これをラギー先輩に片付けさせるのは酷いっす」
レオナのゆったりとした話し口といつもより高い体温に、早くもジャックは眠たくなってきた。
「お前、酒強いんだな」
「あれくらいなら……国の法律ではもう飲めるんで」
「そうか……さっきはお前に校則を破らせてしまったな、悪い」
毛布の中でレオナに強く引き寄せられた。そのままレオナの腕の中に収まる。優しく髪を撫でる手つきに眠気が強くなる。
「俺は自分のために授業をサボるし、寮長にも楯突きます。今日もそうしただけだ」
うとうとしながらジャックはレオナの背中に腕を回した。
「レオナせんぱい、酒くせえ」
「うるせえ」
「……おやすみなさい」
もう少し話していたかったが、眠気が限界に来ていた。ジャックはなんとか挨拶を呟いて意識を手放す。どこか遠くでレオナの「おやすみ」という声が聞こえた気がした。
Twitter投稿2025.12.6
レオジャク
,
SS
2026.1.15
No.76
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「レオナ先輩」
少し控えめにノックをして声をかける。返事はなかった。だが、物音は聞こえる。
「入りますね」
ジャックはそっと中に足を踏み入れた。
強いアルコールの香りが充満している。
照明をつけていない部屋は、一ヶ月掃除していないかのような荒れ模様だった。ラギーがきれいにクローゼットにしまっていたであろう衣服はすべて床に放り出され、中には酷く裂けているものもあった。アクセサリー類も部屋の至る所に散らかり、紐がちぎれてビーズが散乱していた。ガラス類が落ちていないことだけが幸いだった。
ジャックは衣類を拾って人一人歩ける道を作りながら、ベッドに座ってボトルを抱えているレオナの元へ歩く。
「何しに来た」
レオナは背の低い大きなグラスに入った琥珀色の液体を勢いよく呷った。
ジャックに向ける緑の瞳は据わり、頬は軽く色づいている。相当酔っているように見えた。ジャックを見ながらとくとくと空になったグラスを満たす。
「敷地内での飲酒は校則違反っす」
半分ほど酒が入っているボトルをレオナの腕から抜き取り、ジャックはベッドに腰掛けた。
「誰も俺に指図なぞできねえ。そうだろ?」
レオナが口を開く度、甘いような燻製のような芳醇な香りが広がる。ジャックは顔をしかめた。匂いだけで酔ってしまいそうだ。
「あんたは学生だから学校のいうことには従わねえと」
「テメェも俺に指図するのか?」
ジャックの肩に何かを投げつけられる。固いそれはレオナのスマホだった。何気なく画面を見ると着信履歴が表示されている。今日の朝早い時間に、【国】から電話があったらしい。レオナの瞳が薄暗がりの中で光った。ジャックを睨みつけているようで、その視線はどこにも向いていなかった。
見たことを気取られないよう、ジャックは黙って画面の表示をオフにしてレオナに返す。
「もう寝たほうがいいっすよ」
レオナの手からグラスを取ろうとすると、思いのほか強く抵抗された。
「眠れねえから飲んでるんだろ」
「飲んだところで悪いことは何も忘れられないし、明日に響くだけです」
「俺に明日なんかあるかよ」
へらりと笑ったレオナはグラスからジャックの指を剥がし、また酒を飲もうとする。どのくらい飲んだかは正確にはわからないが、レオナや部屋から香るアルコール臭からして健康的な量ではないことは確かだ。仕方がないとジャックは力づくでグラスを奪い、なみなみとグラスを満たしている酒を飲み干した。
「おい……ジャック!」
「……なんすか」
ジャックの喉は焼け付き、熱で食道と胃袋の形がくっきりとわかる。目を見開いたレオナを見て気分がよくなる。
「お前……お前、未成年だろ」
言葉を探すようにレオナは口を開いては閉じて、眉間に皺を寄せていた。
「地元じゃ寒さをごまかすために少し飲むことがあったんで。まあ、最近は飲んだほうが体が冷えるってんで、紅茶に変わりつつあるんですが。それにしてもこの酒、度が強すぎませんか。悪酔いしますよ」
まだ喉元が熱い、とジャックは首を撫でた。校舎のほうで飲んでいたら、外で酔い潰れて凍死することすらありえる度数だ。レオナが寮内で飲んでいたことをありがたく思う。
顔を引きつらせたレオナがぺたぺたとジャックの顔を温かな手で触った。
「ジャック、お前」
「レオナ先輩、手があったかいっすよ。もう眠いんじゃないっすか」
レオナの手に自分の手を重ねる。何を慌てているのかはわからないが、レオナが向けてくる感情が嬉しくてたまらない。
「酔いが醒めた。寝る」
「じゃあ、俺はもどり――」
小さくこぼされたレオナの言葉に、どうにか眠ってくれそうだとホッとして立ち上がろうとしたら、レオナがジャックの手を掴んだ。
「今日はここで寝ろ」
「俺、もう寝る時間なんですが」
「だから寝ろって言ってんだろ」
「あ……っす」
今から激しい運動はしたくないと言外にほのめかしたが、レオナは言葉通りに言っていただけらしい。ジャックは己の早とちりに頬を赤らめた。少し酔っているのかもしれない。自身の頬に手を当てて恥ずかしさをごまかした。
酒のボトルとグラスを机に置き、先にベッドに潜り込んでいるレオナの隣に入る。
「明日は起きたら部屋の掃除っすよ」
「ラギーにやらせとけ」
「これをラギー先輩に片付けさせるのは酷いっす」
レオナのゆったりとした話し口といつもより高い体温に、早くもジャックは眠たくなってきた。
「お前、酒強いんだな」
「あれくらいなら……国の法律ではもう飲めるんで」
「そうか……さっきはお前に校則を破らせてしまったな、悪い」
毛布の中でレオナに強く引き寄せられた。そのままレオナの腕の中に収まる。優しく髪を撫でる手つきに眠気が強くなる。
「俺は自分のために授業をサボるし、寮長にも楯突きます。今日もそうしただけだ」
うとうとしながらジャックはレオナの背中に腕を回した。
「レオナせんぱい、酒くせえ」
「うるせえ」
「……おやすみなさい」
もう少し話していたかったが、眠気が限界に来ていた。ジャックはなんとか挨拶を呟いて意識を手放す。どこか遠くでレオナの「おやすみ」という声が聞こえた気がした。
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