これはおいしいお寿司

No.13

雨上がり

–買い物

 雨が地面を濡らす音が聞こえる。
 静かな会話のささやかなBGMにちょうどよい。談話室ではいつもに増して静かな寮生が集まり、話に花を咲かせている。
 ただひとり、ジャックは憂いた面持ちで大きく開いた窓から外を覗いていた。

 先ほどよりも少しばかり雨音の強くなった空の下を、二つの傘が並んでいる。
 パッパッと傘を雨が叩いていく。ゆったりと歩く二つの傘は時折ぶつかっては距離を離し、また次第に距離を縮めてぶつかり、を繰り返している。
「あーあ、かったりい」
 あくびと共にレオナがぼやく。
 レオナの瞼はいつもに増して眠そうで、今にも閉じようとしている。前が見えているのかもわからないその視界で、器用に障害物を避けて歩いている。
「せっかくの休日なのに雨とはついてないっすね」
 ジャックはどんよりとした空を見上げ、眉を寄せて睨みつけていた。傘の柄を握りしめる。そうしてまた二人の傘はぶつかり、ジャックは慌ててレオナから距離を取る。
 学園の外も同じように雨模様で、あちらこちらに水たまりができている。泥で濁った水たまりで新品の靴を汚さないよう、ジャックは慎重に歩く。
「今日は一日雨らしいっすね」
「そうか」
 レオナはまだ起ききっていないのか、ぼんやりとした返事が返ってくる。外に出るまでにしたあくびの数を、ジャックは数えるのをとうにやめていた。
 心の底によどみが溜まっていくのを感じる。口を開きかけ、思い直して慌てて閉じる。
 わざわざ自分の外出に付き合ってくれているのだから、それ以上を求めては我が儘が過ぎるというものだ。ただの後輩に予定を合わせてくれるというだけで、とてつもなくありがたいことではないか。レオナがどう思っていようと、二人だけの予定をこっそり楽しめばいい。
 よどみを消そうと、前向きな言葉を自分に投げかける。消せずとも蓋はできたようで、少し気分が上向きになった。
「街についたら、靴屋に寄ってシューズ買いたいんすけど、見てもらっていいすか?」
「あ? ああ……前に言ってたやつか」
 レオナを誘い出す言い訳に、マジフトで使う靴を新調したいということを伝えていた。二週間前のことだったが、まさか覚えていたとは思わず、胸の奥が熱くなる。
「そ、それです。ちょうどセールやるって日と部活の休みが合ったんで。マジフト部も偶然休みのようで、よかったです」
 言ってから、休みも何も部活に滅多に顔を出さないことを思い出した。口をつぐんで恐る恐るレオナを伺ったが、表情は特別変わった様子はなく、朝から同じように半開きの目でどこかを眺めていた。

 店に着くと、中は酷く混雑していた。セールというだけで客が多くなるというのに、普段は店先に並べてある商品も店内にしまってあるということもあって、一度中に入るとうまく身動きが取れない。
 ちょっとしたことでは流されない自信のあるジャックも、人数には勝てず体のバランスを崩しそうになる。思わず近くにあったものを掴み、体勢を整えた。
「っとと、先輩は」
 少し余裕を取り戻してレオナを探そうと見回すと、掴んだままの手を引かれた。
 ジャックがわけもわからないまま掴んだものはレオナの手首で、頬に熱が帯びるのを自覚した瞬間、やってしまったとすぐ血の気が引いた。
「あ、す、すみません。先輩だとは思ってなくて、そのわざとじゃ」
 しどろもどろになって、真っ白な脳から絞り出した単語を端から発するジャックに、レオナは笑った。
「迷子になる前に頼りになる先輩がいてよかったな」
 人混みのまっただ中で、レオナの笑顔と笑い声だけがジャックを取り巻く。
「お前の買い物なのに、お前がいなくなったら俺はやることがない。仕方ねえから手は貸してやる」
 まだ離していなかった手を揺らして、レオナはもう一度笑った。
 ジャックは何も言えずにこくりと頷いた。レオナの手首を握りしめる指が、自分のものではないような気がした。

 無事に買い物を終え、二人はぎゅうぎゅう詰めの店内からようやく外へ出た。
 なぜかマジフトで使う靴だけでなく、学園で履くものも私服に合わせる靴も新調する羽目になった。理由を聞くとレオナは「雨の日に真新しい靴を下ろす後輩が可愛くなっちまってな」と、薄汚れたジャックの足下を指差した。
 天気予報は外れ、外はからっと晴れていた。
「こんくらいの時間から寮を出たらよかったっすね」
 耳を下げ、ついでに眉尻も下げてジャックがレオナに言う。
「寮内にいても雨がうるさくて眠れやしねえからな、いい気分転換になった」
 気にするなと言うように、レオナがジャックの靴の入った袋を持ち上げる。何足も買ったからと、ジャックから半ば無理矢理奪い取ったものだ。
「それならいいんすけど。今日はありがとうございました」
 店先を離れ、暗くならないうちに帰路につく。
 往路とは違い、二人の口は軽く会話も弾む。
 話に夢中になり、ジャックの肩がレオナの肩にぶつかる。謝って少し横にずれると、レオナがにやにやしながら思い切り肩をぶつけてきた。
「先輩、なんすか」
「なんでもねえよ」
 肩が当たるたびに繰り返され、ジャックは諦めたようにずれることをやめた。
 時折二人の手の甲同士が当たる。
 次第に口ごもり、話の内容を飛ばすことが多くなったジャックの話に、レオナは変わらず相槌を打って笑う。
 水たまりには青々とした空が映っていた。

 

 

レオジャク_2week
Twitter投稿2023.7.8

レオジャク,SS

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