これはおいしいお寿司

No.14

海辺にて

–夏!

 一歩踏み出すと、砂の中に足が沈む。
 サンダルの隙間から砂が入り込む。ザラザラとしたそれに不快感を覚えるが、同時に満足感も抱く。

 海に来た。

 波の音、潮の香り、べたついた空気。
 おそろいにしようと言われて買ってしまった、普段は着ない鮮やかな色のTシャツ。
 海よりも青い空に、じりじりと照りつける太陽。
 何もしなくても吹き出る汗。
 汗ばんだ手を離さない恋人。
「先輩、あっちに海の家あるんでなんか買いませんか」
 ジャックが砂浜の向こうを指差す。何やらひとだかりがしていると思ったら、店や休憩所があるらしい。
「混んでねえか? それよりさっき見かけたコンビニのほうが楽な気がするが」
「それもいいっすけど、並んで食べる焼きそばが海の味なんすよ」
「お前がそうしたいならいいが。こんな暑い中で並んでたら体調崩すだろ」
 ジャックから海に行かないかと誘われて二つ返事で乗ってしまったが、こんな暑い地方の海に行くとは思ってもみなかった。いくら風通しのよい服を着ていたとしても、心配がつきない。
「大丈夫っすよ。ここは前に家族と来たことあるんで、どんなもんかは知ってます。水分も余計に持ってきましたし、帽子も被ってますし」
 麦わら帽子の下に眩しい笑顔が見える。
 完敗だ。
 レオナはこの笑顔に弱い。いや、レオナがジャックに勝てるものは一つもなかった。彼の見せる喜怒哀楽すべてにいつも白旗を振ってきた。年上の余裕で折れてやっているように見せているだけで。
「わかった。その代わり少しでも疲れたらすぐに言え」
「大丈夫ですって」
 暑い場所に初めて連れて行って、真っ先に倒れたのは誰だと言いたくなったが、互いのトラウマを刺激するだけでしかない。
 レオナは黙ってジャックの帽子をつばを引き下ろした。
 二人でだらだらと長い行列に並ぶ。家族、友人、恋人らと来ている客たちは誰もが楽しそうにさざめいていた。
「先輩は海で遊んだことありますか?」
「ああ、何回かは経験がある。小さい頃だったから、あまり記憶には残ってないが」
「そっすか。じゃあ今日のはちゃんと覚えといてくださいよ」
 ジャックは特に何も意味を込めたつもりはないだろうが、数ヶ月後には研修で遠く離れてしまうと思うとセンチメンタルに聞こえてしまう。
「忘れられない一日にしてくれよ?」
 肩を叩いてジャックに笑って見せた。
「当然」
 ジャックは返すように、歯を見せて笑った。

 海の家では店員が忙しなく料理を作り、注文を取っていた。
「ここで買って、適当なとこで食べませんか」
「お前に任せる」
「じゃ、焼きそば二人前と――」
 買ったものを両手に抱えて、来た道を戻る。海の家の付近は人が多いが、少し歩くと人気のない砂浜に辿り着く。
「知る人ぞ知るって場所っす。家族と来たときに見つけたところなんですけど」
 砂地に腰掛ける。尻がずっしりと沈み込む感覚に慣れない。どこまでも沈んでしまいそうだ。
 焼きそばのパックを開けると、安っぽいソースの香りが漂う。好き好んで食べようとは思わない味だ。かろうじて入っていると言える薄っぺらな肉と、キャベツ。
「家で母に作ってもらったほうが断然おいしいんですけど。もしかしたらラギー先輩のほうがここよりおいしく作れるかもしれないんですが。そもそもこの味自体初めてっすよね」
 一口食べて微妙な顔をしたことに気づいたのか、ジャックがレオナを伺いながら話す。
「腹減ってんで、今なら二人分食べられます」
「いや、こういうのも悪くないなと思ってな」
 これ以上気を遣わせたくなくて、味が濃すぎる麺を口に運んでみせた。
「俺も初めて食べたときはびっくりしました。うちの国にはない味なんで。でも、なんでか癖になるんですよね。海に来たらこれを食べないとって」
「そんなもんなのか」
「そんなもんですね。母に作ってもらったほうがおいしかったのは本当なんですが、物足りなさもあって」
 王宮のシェフに同じものを作らせたら、どこまで洗練されたものが出てくるだろうと想像してみた。もう少し薄味で、フルーツを添えて出されそうだとなんとなく思った。
「焼きそばと、あとこれ」
 腹が減っているという言葉は嘘ではなく、ジャックは大盛りの焼きそばをぺろりと平らげた。そして、透明な液体の入った水色の瓶をレオナに渡してきた。
「なんだ、これ」
「ラムネです」
「ラムネといや、勉強中に乱用するやつが多い菓子だろ?」
「あれもラムネっすけど、こっちもラムネっていうらしいんです。開け方にコツがあるんですけど」
 ジャックは蓋を思い切り押し込んだ。
 すると、ぽんと弾んだ音とともに、泡と液体が瓶の口から溢れてきた。
 うわ、と声を上げながらジャックが慌てて瓶を口に運ぶ。
 何がおかしいのかけらけらと笑って「こうやって飲むんです」と口元を手で拭う。
 封を開けようとすると中身がこぼれてくるのは欠陥品ではないか。これを良しとして改良しない連中は頭が古ぼけているんだろう。普通にペットボトルで販売すればいいだろうに。
 瓶の仕様に納得はいかないが、小さい飲み口から飲みにくそうに一生懸命瓶を傾けるジャックが、あまりにおいしそうに飲むものだから。仕方がないと、ジャックに倣って蓋を押し込んだ。
 やはり中身は吹き出た。甘い飲み物だったらしく、瓶も手もべたべたとする。
「先輩、早く飲まないと全部出ちゃいますよ」
 ジャックに急かされ、服まで汚したら面倒だとラムネを飲む。
 しゅわりと炭酸が喉を通り過ぎる。不快感しかなかった糖分は、どこか爽快さを感じる甘さとなる。
「先輩ってめちゃくちゃおいしそうに飲みますね」
 そう言われて、自分が笑っていることに気づいた。
「こいつは、こうやって飲むもんだな」
 青を背景にジャックが笑う。
 安っぽさと、不便さと。
 海を訪れるたびに「これが海だから」と海の家に並びに行くのだろうか。

「次はどこに行きましょうか」
「地図の隅から隅まで行ってやろうぜ」
「楽しそうっすね」

 

 

レオジャク_2week
Twitter投稿2023.7.22

レオジャク,SS

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