これはおいしいお寿司
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No.57
直線の曲線
-ぴんぐしゃ
レオナ・キングスカラーという男は、大変曲がった存在である。
ネコ科の名前をそのまま己のものにした猫背は当然として、世界を斜めから見下ろす緑色の瞳も、なんに対しても捻くれた物言いをする唇も、なんに対しても臨機応変に対応できる柔軟な生き様も、とにかく何もかもがぐにゃぐにゃなのである。
そんな、神様が猫を撫でながら作ったような男を、ジャック・ハウルは尊敬していると言うのであった。
ジャック・ハウルという男は、大変真っ直ぐな存在である。
天井から糸で吊られているかのような背筋は当然として、金色の瞳から放たれるレーザービームのようなまなざしも、気に入らなければ誰にでも楯突く元気な生き様も、何もかもが真っ直ぐなのである。
そんな、神様が定規片手に作ったような男を、ぐんにゃりとしたレオナ・キングスカラーは好ましく思っていた。
今日も大声の挨拶がレオナの耳に飛んでくる。
だが、その挨拶はレオナの隣にいるラギーに向けられたものだった。
憧れはどうした、尊敬はどうした。
ついでのように挨拶をするな。
俺はテメェのボスだ、最優先しろ。
そうとは言えず、ン、と言葉ですらない声で返事をした。
白銀の大きな尻尾は、機嫌がよさそうにブォンと空気を揺らした。
植物園でクルーウェルが授業をしているものだから、別の昼寝スポットに行こうと、レオナは太陽の高いうちからグラウンドをほっつき歩いていた。
グラウンドではバルガスが生徒に飛行術を教えていた。
ジャックとエペルのクラスのようだ。
エペルは部活で見せる姿そのまま、自由自在に箒を操っている。
ジャックは落下こそしないが、着地するときに少し不安定なところがある。
あいつにも苦手なものがあるのだと、弱点を見つけたようで少しレオナの胸はくすぐったくなった。
一年生たちは真っ青な空をぐるりと飛び回る。
面白いことに、ジャックはルートの取り方まで真っ直ぐであることに気づいた。
真っ直ぐに進むときは美しさすら感じるというのに、方向転換のときは直角すぎてふらついている。
曲がる勢いでいつか落ちてしまいそうだとハラハラして、目が離せない。
しばらく眺めていると、遠くで練習をしていたジャックが、いつしかレオナのいるグラウンドの隅にまで飛んできた。
だんだんと近づいてきて、表情までよく見える。
キリリと眉を吊り上げ唇を真一文字に結び、真っ直ぐに青空を切り裂く姿が眩しい。
太陽と見紛う瞳は真ん前を見つめ、ふと下を見下ろし。
目が合った。
瞬間、ジャックの眉尻は下がり目はやわらぎ、唇は大きく弧を描いた。
スッ、とレオナの胸は真っ直ぐな何かに射貫かれた気がした。
びくりと体が震えて背筋が伸びる。
レオナはその場に釘付けになり、ただ目だけがジャックを追っていた。
ジャックの尻尾が機嫌よく大きく揺れた。
それにともないバランスを崩して、あれよあれよという間に箒ごと地面に突っ込んでくる。
ぼんやりとジャックを見つめていたレオナは呪文の詠唱が間に合わず、墜落するジャックに手を伸ばすことしかできなかった。
「ジャック!」
地面に触れるすんでのところで、ジャックが箒を立て直したのを見た。
草のちぎれる音。
青草の匂い。
土を掘る摩擦音。
踵の跡を長々と地面に描き、ジャックはようやく止まった。
レオナは我に返り、慌ててジャックに駆け寄る。
「なにやってんだ!」
「すみません、なんとか着地だけはできたんすけど」
レオナの心臓はまだ早鐘のように鳴っていた。
だというのに、恥ずかしそうに頭を掻くジャックからは、いつもの真っ直ぐが戻っていた。
「箒に乗ってるのによそ見をするんじゃねえ。今は制御できたからよかったが、間に合わなかったら……」
最悪の光景が脳裏をよぎり、レオナは腕を組んで震えを隠した。
「……すみません。レオナ先輩がいたから、つい」
まだレオナの怯えを隠した腹立たしさは収まっていなかったが、ジャックのいつもはピンと立っている耳と尻尾が力なく垂れ、がっくりと肩を落としているのを見たらそれ以上何も言えなかった。
レオナは苛立ちをため息とともに吐き出した。
「俺がいるからなんだって言うんだ」
「授業中に何やってんだって思ったんすけど、やっぱりレオナ先輩を見かけると嬉しくって」
「……そんなにか?」
「はい!」
先ほどの反省の色は瞬く間に消え、あの曲線でできたような表情が再び顔を出した。
「今度マジフトの特訓付き合ってください!」
「あ、ああ……」
光を放つジャックの笑顔に、ただ相槌を打つことしかできなかった。
「それじゃ、すみません、授業に戻らないと」
慌ただしく箒に乗り、ジャックは地面を蹴り上げて大空へ舞い上がった。
ジャックの姿が小さくなり、ようやくレオナは一呼吸ついた。
真っ直ぐすぎる男の緩んだ表情が頭から離れない。
それがレオナを見つけたから生まれたという事実に胸がざわつく。
落ち着かない心を静めようと、遠ざかるジャックの姿を追った。
ジャックの空を飛ぶ様は、やはりどこまでも直線的だった。
あんなガッチガチじゃあうまく飛べないのに、その定規を箒に載せているような飛び方が堪らない。
寮に帰ってきたときにアドバイスをくれてやろうか、しかし真っ直ぐで不器用な飛び方をもう少し見ていたい、などと悩みながらレオナは昼寝も忘れて銀色に輝く昼の月を眺めていた。
Twitter投稿2025.8.14
レオジャク
,
SS
2026.1.15
No.57
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レオナ・キングスカラーという男は、大変曲がった存在である。
ネコ科の名前をそのまま己のものにした猫背は当然として、世界を斜めから見下ろす緑色の瞳も、なんに対しても捻くれた物言いをする唇も、なんに対しても臨機応変に対応できる柔軟な生き様も、とにかく何もかもがぐにゃぐにゃなのである。
そんな、神様が猫を撫でながら作ったような男を、ジャック・ハウルは尊敬していると言うのであった。
ジャック・ハウルという男は、大変真っ直ぐな存在である。
天井から糸で吊られているかのような背筋は当然として、金色の瞳から放たれるレーザービームのようなまなざしも、気に入らなければ誰にでも楯突く元気な生き様も、何もかもが真っ直ぐなのである。
そんな、神様が定規片手に作ったような男を、ぐんにゃりとしたレオナ・キングスカラーは好ましく思っていた。
今日も大声の挨拶がレオナの耳に飛んでくる。
だが、その挨拶はレオナの隣にいるラギーに向けられたものだった。
憧れはどうした、尊敬はどうした。
ついでのように挨拶をするな。
俺はテメェのボスだ、最優先しろ。
そうとは言えず、ン、と言葉ですらない声で返事をした。
白銀の大きな尻尾は、機嫌がよさそうにブォンと空気を揺らした。
植物園でクルーウェルが授業をしているものだから、別の昼寝スポットに行こうと、レオナは太陽の高いうちからグラウンドをほっつき歩いていた。
グラウンドではバルガスが生徒に飛行術を教えていた。
ジャックとエペルのクラスのようだ。
エペルは部活で見せる姿そのまま、自由自在に箒を操っている。
ジャックは落下こそしないが、着地するときに少し不安定なところがある。
あいつにも苦手なものがあるのだと、弱点を見つけたようで少しレオナの胸はくすぐったくなった。
一年生たちは真っ青な空をぐるりと飛び回る。
面白いことに、ジャックはルートの取り方まで真っ直ぐであることに気づいた。
真っ直ぐに進むときは美しさすら感じるというのに、方向転換のときは直角すぎてふらついている。
曲がる勢いでいつか落ちてしまいそうだとハラハラして、目が離せない。
しばらく眺めていると、遠くで練習をしていたジャックが、いつしかレオナのいるグラウンドの隅にまで飛んできた。
だんだんと近づいてきて、表情までよく見える。
キリリと眉を吊り上げ唇を真一文字に結び、真っ直ぐに青空を切り裂く姿が眩しい。
太陽と見紛う瞳は真ん前を見つめ、ふと下を見下ろし。
目が合った。
瞬間、ジャックの眉尻は下がり目はやわらぎ、唇は大きく弧を描いた。
スッ、とレオナの胸は真っ直ぐな何かに射貫かれた気がした。
びくりと体が震えて背筋が伸びる。
レオナはその場に釘付けになり、ただ目だけがジャックを追っていた。
ジャックの尻尾が機嫌よく大きく揺れた。
それにともないバランスを崩して、あれよあれよという間に箒ごと地面に突っ込んでくる。
ぼんやりとジャックを見つめていたレオナは呪文の詠唱が間に合わず、墜落するジャックに手を伸ばすことしかできなかった。
「ジャック!」
地面に触れるすんでのところで、ジャックが箒を立て直したのを見た。
草のちぎれる音。
青草の匂い。
土を掘る摩擦音。
踵の跡を長々と地面に描き、ジャックはようやく止まった。
レオナは我に返り、慌ててジャックに駆け寄る。
「なにやってんだ!」
「すみません、なんとか着地だけはできたんすけど」
レオナの心臓はまだ早鐘のように鳴っていた。
だというのに、恥ずかしそうに頭を掻くジャックからは、いつもの真っ直ぐが戻っていた。
「箒に乗ってるのによそ見をするんじゃねえ。今は制御できたからよかったが、間に合わなかったら……」
最悪の光景が脳裏をよぎり、レオナは腕を組んで震えを隠した。
「……すみません。レオナ先輩がいたから、つい」
まだレオナの怯えを隠した腹立たしさは収まっていなかったが、ジャックのいつもはピンと立っている耳と尻尾が力なく垂れ、がっくりと肩を落としているのを見たらそれ以上何も言えなかった。
レオナは苛立ちをため息とともに吐き出した。
「俺がいるからなんだって言うんだ」
「授業中に何やってんだって思ったんすけど、やっぱりレオナ先輩を見かけると嬉しくって」
「……そんなにか?」
「はい!」
先ほどの反省の色は瞬く間に消え、あの曲線でできたような表情が再び顔を出した。
「今度マジフトの特訓付き合ってください!」
「あ、ああ……」
光を放つジャックの笑顔に、ただ相槌を打つことしかできなかった。
「それじゃ、すみません、授業に戻らないと」
慌ただしく箒に乗り、ジャックは地面を蹴り上げて大空へ舞い上がった。
ジャックの姿が小さくなり、ようやくレオナは一呼吸ついた。
真っ直ぐすぎる男の緩んだ表情が頭から離れない。
それがレオナを見つけたから生まれたという事実に胸がざわつく。
落ち着かない心を静めようと、遠ざかるジャックの姿を追った。
ジャックの空を飛ぶ様は、やはりどこまでも直線的だった。
あんなガッチガチじゃあうまく飛べないのに、その定規を箒に載せているような飛び方が堪らない。
寮に帰ってきたときにアドバイスをくれてやろうか、しかし真っ直ぐで不器用な飛び方をもう少し見ていたい、などと悩みながらレオナは昼寝も忘れて銀色に輝く昼の月を眺めていた。
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