これはおいしいお寿司
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No.21
得意科目
–勉強以外なんもできねえ
「俺に勉強を教えてください!」
図書館で黙々と分厚い難しそうな本を読んでいる、リドル・ローズハートに頭を下げた。
来週小テストがあると教師に宣言され、一人で教科書とにらめっこしていたものの、にっちもさっちもいかなくなった末のことだった。
リドルは本をばたりと閉じて、ジャックを見上げた。
「君か。喜んで引き受けようじゃないか。僕に頼むということは座学なんだろうけど、どの授業なんだい?」
リドルには時々実践魔法を教わっていたおかげで、快く承諾してもらえた。教えてもらいに行く度に「君みたいな子がうちの寮生にもいたらいいんだけど。本当に……本当に」と重苦しいため息をつくのはさておき、リドルからかなり好意を持ってもらえているという自覚はあった。真面目な姿勢という波長が合うのか、ジャック自身もリドルから習うのは嫌ではなかった。
「それが、古代呪文語で」
おずおずと教科書を差し出し、指定された範囲のページを開く。
「ああ、僕も大得意ではないけれど、試験に出る程度の難易度なら教えられるよ」
そこにお座り、とリドルの向かいの席を示される。
軽く頭を下げ、椅子に座った。
小柄だが威厳と自信に満ちた大きな瞳は、どのような質問でも答えてみせようという熱意を静かに湛えていた。
一つ質問すると、答えを示してからなぜそこに行き着くのかと、道筋をすべて解説してくれる。教科書や図書館の参考書と一字一句違わない解説だが、わかりやすいようにさらに噛み砕いた表現も時折混ざる。これは初心者向けの参考書に書いてあったことだろうか、と一瞬脱線した脳みそが考える。
まるで補習を受けているかのような勉強会は長時間に及び、範囲の半分を終える頃には脳みそがくたくたになっていた。
だんだん集中力が切れてきたジャックを見かねてか、リドルが休憩を入れようと言ってきた。
「すみません、教えてもらってる側なのに」
「いや、僕もちょうどしゃべり疲れてきたところだったからね」
リドルはふふ、と微笑んでみせた。少しも疲れを見せないところがすごいと、枯れた語彙力でぼんやり思った。
「ところで、古代呪文語といえばレオナ先輩の得意科目だと聞いているけれど。先輩は教えて――くれなさそうだね」
「そうなんですけど……」
ちょっとした雑談を振ったつもりなのだろうが、ジャックの心はその名前を聞いただけで暴れ出した。
お願いしようとは思ったのだ。
憧れの先輩に声をかけるチャンスは、あればあるほどいい。授業に出ろ、部活に出ろ、と口をついて出てくる小言より、よっぽどマシな話題のはずだ。たまには尊敬しているという姿勢を見せたいのだが。
「なんだか話しかけづらくて」
「君はレオナ先輩を見かけたら、突っ込んでいくイメージがあったけれど?」
「それはラギー先輩っすね」
「そう。何か気まずいことでもあったのかい?」
「それがないんですよ。ないんですけど、最近先輩を見ると逃げてしまいたくなっちまって」
今日の昼に、勉強を教えてもらおうとレオナを探していた。そこで談話室でだらしなく腹を出して寝ている姿を見つけて、起こすか毛布をかけるか迷って近づいたのだが。レオナがうっすら目を開いた瞬間に体が勝手に逃げ出してしまったのだった。
「なんすかね、運動もしてないのに心臓がばくばくして、汗がすごくて」
「ジャック、それは」
リドルが少し言いよどむ。彼にしては珍しく、答えに辿り着いているのに、言葉を探しているようだ。
「リドル先輩、なんですか?」
「うん……うん、君のためだ。真剣にお聞き」
言葉を見つけたのか、意を決した顔でリドルは言った。
ジャックは生唾を呑み込む。
「それは何か病気の可能性が高いよ。君のことだ、毎日運動して食事にも気をつけているだろう。野菜だって食べているだろう。朝早く走っていると聞くから、寝る時間はそれに伴って早いはずだ。つまり生活習慣からくるものではない。であれば、例えば、遺伝子もしくは何かを媒介に感染するウイルスによる病気の可能性がある」
先ほど言いよどんでいた人とは思えないくらい、すらすらと自身の見解を述べる。
「遺伝子調査は今の僕には難しいから、ひとまず感染症の可能性を探っていこう。寮内や同級生で似た症状の人は見かけてないかい?」
「いえ、知ってる限りでは俺だけだと」
「ならば感染しやすいものではないね。ジャックだけが触っているものや、行っている場所は? その症状が出る前に、どこか珍しい場所に出かけたりした?」
「いえ、二週間くらい前から症状があるんすけど、特には……あ」
ジャックは記憶を辿っていって、あることを思い出した。
「レオナ先輩に……キスされました」
「なるほど、なるほ、は? 今なんとお言い?」
リドルの素っ頓狂な声に全身の毛が逆立つ。そんなに変なことを言っただろうかと思いながら、繰り返した。
「レオナ先輩にキスされたと」
「ううん、そうか、そうか。じゃあ、それだろうね」
こめかみをツンツンと人差し指で叩きながら、リドルはウンウンと考え、頷いた。
「レオナ先輩から感染した可能性が高いね」
「ですよね」
リドルとの会話の中で、ジャックもその答えに辿り着いていた。
「レオナ先輩はほかの人にキスしたりしないのかい?」
「俺の知る限りではないですし、あのときも俺だけだって言ってました」
「じゃあ、レオナ先輩だね。可能性の一つとして考えてよさそうだ」
「でも、レオナ先輩に症状は出てなさそうなんすよね」
「感染していても症状が出ない病気はある。それに、レオナ先輩は隠すのがうまそうじゃないか」
完全な印象でしかないが、ジャックは完全に納得して、レオナを感染者の括りに入れた。
「ただ、まだ僕の中で病名が絞りきれないし、感染症と断定できたわけでもない。近いうちにレオナ先輩と病院に行くように」
「わかりました! ありがとうございます! リドル先輩に命救われました!」
「ここは図書館だよ、静かにおし。ああ、あと、重症化するかもしれないから、レオナ先輩とキスするのはおやめ。君の得意科目は防衛魔法だったね。ウイルスに効くかはわからないけれど、物理には効くはずだから、レオナ先輩にかけるといい。お互いのために」
他寮生のためにここまで尽くしてくれるのかと、ジャックは感極まって少し泣いた。いろいろこっぴどい先輩たちとは大違いだ。これでジャックもレオナも謎の病気から救われるのだ。
勉強会後、ジャックは喜び勇んで寮に帰った。
そして意気揚々と寮長室に飛び込む。
しばらくして、レオナの大声が寮に響き渡った。
「はァ? 馬鹿がよ! 病気だけど病院には行かねえよ馬鹿!」
レオジャク_2week
Twitter投稿2024.5.11
レオジャク
,
SS
2026.1.15
No.21
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図書館で黙々と分厚い難しそうな本を読んでいる、リドル・ローズハートに頭を下げた。
来週小テストがあると教師に宣言され、一人で教科書とにらめっこしていたものの、にっちもさっちもいかなくなった末のことだった。
リドルは本をばたりと閉じて、ジャックを見上げた。
「君か。喜んで引き受けようじゃないか。僕に頼むということは座学なんだろうけど、どの授業なんだい?」
リドルには時々実践魔法を教わっていたおかげで、快く承諾してもらえた。教えてもらいに行く度に「君みたいな子がうちの寮生にもいたらいいんだけど。本当に……本当に」と重苦しいため息をつくのはさておき、リドルからかなり好意を持ってもらえているという自覚はあった。真面目な姿勢という波長が合うのか、ジャック自身もリドルから習うのは嫌ではなかった。
「それが、古代呪文語で」
おずおずと教科書を差し出し、指定された範囲のページを開く。
「ああ、僕も大得意ではないけれど、試験に出る程度の難易度なら教えられるよ」
そこにお座り、とリドルの向かいの席を示される。
軽く頭を下げ、椅子に座った。
小柄だが威厳と自信に満ちた大きな瞳は、どのような質問でも答えてみせようという熱意を静かに湛えていた。
一つ質問すると、答えを示してからなぜそこに行き着くのかと、道筋をすべて解説してくれる。教科書や図書館の参考書と一字一句違わない解説だが、わかりやすいようにさらに噛み砕いた表現も時折混ざる。これは初心者向けの参考書に書いてあったことだろうか、と一瞬脱線した脳みそが考える。
まるで補習を受けているかのような勉強会は長時間に及び、範囲の半分を終える頃には脳みそがくたくたになっていた。
だんだん集中力が切れてきたジャックを見かねてか、リドルが休憩を入れようと言ってきた。
「すみません、教えてもらってる側なのに」
「いや、僕もちょうどしゃべり疲れてきたところだったからね」
リドルはふふ、と微笑んでみせた。少しも疲れを見せないところがすごいと、枯れた語彙力でぼんやり思った。
「ところで、古代呪文語といえばレオナ先輩の得意科目だと聞いているけれど。先輩は教えて――くれなさそうだね」
「そうなんですけど……」
ちょっとした雑談を振ったつもりなのだろうが、ジャックの心はその名前を聞いただけで暴れ出した。
お願いしようとは思ったのだ。
憧れの先輩に声をかけるチャンスは、あればあるほどいい。授業に出ろ、部活に出ろ、と口をついて出てくる小言より、よっぽどマシな話題のはずだ。たまには尊敬しているという姿勢を見せたいのだが。
「なんだか話しかけづらくて」
「君はレオナ先輩を見かけたら、突っ込んでいくイメージがあったけれど?」
「それはラギー先輩っすね」
「そう。何か気まずいことでもあったのかい?」
「それがないんですよ。ないんですけど、最近先輩を見ると逃げてしまいたくなっちまって」
今日の昼に、勉強を教えてもらおうとレオナを探していた。そこで談話室でだらしなく腹を出して寝ている姿を見つけて、起こすか毛布をかけるか迷って近づいたのだが。レオナがうっすら目を開いた瞬間に体が勝手に逃げ出してしまったのだった。
「なんすかね、運動もしてないのに心臓がばくばくして、汗がすごくて」
「ジャック、それは」
リドルが少し言いよどむ。彼にしては珍しく、答えに辿り着いているのに、言葉を探しているようだ。
「リドル先輩、なんですか?」
「うん……うん、君のためだ。真剣にお聞き」
言葉を見つけたのか、意を決した顔でリドルは言った。
ジャックは生唾を呑み込む。
「それは何か病気の可能性が高いよ。君のことだ、毎日運動して食事にも気をつけているだろう。野菜だって食べているだろう。朝早く走っていると聞くから、寝る時間はそれに伴って早いはずだ。つまり生活習慣からくるものではない。であれば、例えば、遺伝子もしくは何かを媒介に感染するウイルスによる病気の可能性がある」
先ほど言いよどんでいた人とは思えないくらい、すらすらと自身の見解を述べる。
「遺伝子調査は今の僕には難しいから、ひとまず感染症の可能性を探っていこう。寮内や同級生で似た症状の人は見かけてないかい?」
「いえ、知ってる限りでは俺だけだと」
「ならば感染しやすいものではないね。ジャックだけが触っているものや、行っている場所は? その症状が出る前に、どこか珍しい場所に出かけたりした?」
「いえ、二週間くらい前から症状があるんすけど、特には……あ」
ジャックは記憶を辿っていって、あることを思い出した。
「レオナ先輩に……キスされました」
「なるほど、なるほ、は? 今なんとお言い?」
リドルの素っ頓狂な声に全身の毛が逆立つ。そんなに変なことを言っただろうかと思いながら、繰り返した。
「レオナ先輩にキスされたと」
「ううん、そうか、そうか。じゃあ、それだろうね」
こめかみをツンツンと人差し指で叩きながら、リドルはウンウンと考え、頷いた。
「レオナ先輩から感染した可能性が高いね」
「ですよね」
リドルとの会話の中で、ジャックもその答えに辿り着いていた。
「レオナ先輩はほかの人にキスしたりしないのかい?」
「俺の知る限りではないですし、あのときも俺だけだって言ってました」
「じゃあ、レオナ先輩だね。可能性の一つとして考えてよさそうだ」
「でも、レオナ先輩に症状は出てなさそうなんすよね」
「感染していても症状が出ない病気はある。それに、レオナ先輩は隠すのがうまそうじゃないか」
完全な印象でしかないが、ジャックは完全に納得して、レオナを感染者の括りに入れた。
「ただ、まだ僕の中で病名が絞りきれないし、感染症と断定できたわけでもない。近いうちにレオナ先輩と病院に行くように」
「わかりました! ありがとうございます! リドル先輩に命救われました!」
「ここは図書館だよ、静かにおし。ああ、あと、重症化するかもしれないから、レオナ先輩とキスするのはおやめ。君の得意科目は防衛魔法だったね。ウイルスに効くかはわからないけれど、物理には効くはずだから、レオナ先輩にかけるといい。お互いのために」
他寮生のためにここまで尽くしてくれるのかと、ジャックは感極まって少し泣いた。いろいろこっぴどい先輩たちとは大違いだ。これでジャックもレオナも謎の病気から救われるのだ。
勉強会後、ジャックは喜び勇んで寮に帰った。
そして意気揚々と寮長室に飛び込む。
しばらくして、レオナの大声が寮に響き渡った。
「はァ? 馬鹿がよ! 病気だけど病院には行かねえよ馬鹿!」
レオジャク_2week
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