これはおいしいお寿司

No.22

未来を見て

–20のレオナと24のジャック

 寮内を歩いていて、いつもより目線が合いづらいと感じた。なんとなく首が痛いような。
 レオナはそっと首に手をやった。あの忌々しいトカゲ野郎と長い口げんかをしたときと似た痛みだ。
「お前、背伸びたか?」
 隣を歩くジャックに問いかけた。
「えー、ああ、そうかも、ですね?」
 なぜかたどたどしくジャックは返事をした。

 自室でジャックと共に朝を迎えたが、昨夜までは特に変わった様子はなかったはずだ。卒業するまでは一線を越えない約束をしたことを後悔したり、約束した自分を讃えたりしながら過ごした夜に何があったのだろうか。
 何かが違うというのは思い過ごしかもしれない。が、違和感がどうしても拭えないので、部屋に戻りじっくりと頭の先から爪先まで観察することにした。
 部屋の真ん中にジャックを立たせ、手触りの良い襟足を撫でる。随分と長くなったそれを頭の後ろで一つに結んでいる。一晩で十センチ以上も伸びることがあるのだろうか。
「レオナ、先輩。くすぐったい、です」
 首筋から頬に手を滑らせる。
 強面ながらも年相応の丸みを帯びていた輪郭は鋭さを増し、大人びて見えた。
 ジャックは目をつむり、息を凝らしていた。レオナの手を払いたいのか、何度も手を握って開いてを繰り返している。
 それに構わずレオナはジャックの体をなぞる。
 顔と同じく、昨夜の記憶より筋肉が発達して引き締まっている。胸筋、腹筋となぞっていき、太ももを触ろうとして理性がその先を止めた。
 こんな謎の雰囲気ではなく、もっと良い雰囲気で、こう、いい感じにそのときを迎えて触るべきだろう。いや、そう触りたい。
 煩悩を振り払うように咳払いをし、ジャックを見る。
「気、済みました?」
 呼吸を再開して緊張が抜けたのか、少し軽い口調で話しかけてくる。そして見たことのない艶やかな笑みを浮かべていた。
「……背伸び薬でも飲んだか?」
「んなわけ」
 早まる鼓動に胸の付近を掴みながら椅子に座る。そしてジャックにも椅子を勧めながら、思春期の子どもに大人気のジョーク魔法薬の名を挙げると、くすりと笑われた。
 先ほどまで少し居心地が悪そうにしていたのはジャックのはずなのに、今はレオナの気持ちが落ち着かなくなってしまっている。
「そりゃそうだな。あの薬は外見が少し老けるだけで、中身までは変わらない」
「レオナ先輩はオレの中身が変わったと思いますか?」
「随分と大人びて見える。薬を飲んだにしては、外見の成長に中身がついていっているようだ。まるで大人のお前がやってきたみたいだな」
「そうだと言ったらどうします?」
 テーブルに頬杖をつき、まなじりを下げて微笑むその様は、十六歳のジャックには真似できない色気を放っていた。信じにくいことではあるが、信じたほうがしっくりくる。
「お前がそう言うならそうなんだろうな」
「嬉しいですね、そう言ってもらえると」
 ジャックは今二十四だと言う。
 十六のジャックは恐らく入れ替わっているとのことで。
「八年後に飛ばされたジャックが心配だな。もし傍に変な奴がいたら……」
「あー、うーん」
 もし、二十四のジャックが誰かと夜を共にしていたら、十六のジャックは入れ替わった先でそいつと出会ってしまうのではないか。他の人と出会ってほだされてしまったらと想像してしまい、レオナはうめいて床に倒れこんだ。レオナの中でジャックはノーが言えない可愛い子犬だった。
「未来のことは話したらまずいと思うんで、何も言えないんですが。あっちの俺は大丈夫なはずです。ま、八年後にわかりますよ」
「ウワア、死」
 ジャックがどのような顔で言っているのか、怖くて見ることができない。こんな美しく育った男の隣に自分がいないかもしれないと思いついてしまい、頭を抱えた。未来のジャックの隣には誰がいるのか。
 別の人が隣にいたとして――仮に、仮にの話であるが――いや、今ここで惚れ直させたら未来のジャックはよりを戻すのではないだろうか。将来、ジャックがレオナから離れようと、今もう一度好きにさせれば問題はないはずだ。既に愛しい恋人――であってほしい――の前で醜態を何度もさらしてしまった。今からでも挽回しないと。
 心を落ち着かせ顔を引き締め、椅子に座るジャックをゆっくりと見上げる。目が合うと、金色を細めて笑われた。我が子を見て顔をほころばせる親のようだ。子ども扱いされている気がして、思わず口を開いた。
「未来の俺と」口を開いた瞬間に、余計に子どもっぽく見えると後悔した「――いや、未来の俺はお前にどんな風に映っている?」
 とてもではないが、二人の未来のことは聞けなかった。ジャックに言えないと言われたからだけではない。万が一、恐ろしい想像が現実に迫っていると知ってしまったら、きっと正気ではいられなくなってしまいそうだったからだ。
「レオナ、先輩は。いつだって格好いいんですよ。俺が先輩を見つけたときから、ずっと」
 そっと首を傾げ、諭すようにジャックは言った。どうってことのない仕草にときめいて仕方がない。不安と高揚が心臓の動きを不安定にさせる。
「なるようになります。大丈夫です。もし――もし心配だったら、あなたの隣の俺を見てください。あなたより年下で、未来に不安を抱えている男がそこにいますから」
 ジャックは膝をつき、床に転がっているレオナの手を両手で包んだ。
「先輩はずっと俺の前を走ってくれる頼もしい人ですが、たまには並んで歩いてくれたっていいんですよ」
 アンタを盲信している昔の俺がどう思うかわからないけど。でもいつか、並び立つ尊さには気づくので。
 と続けたあと、レオナの手に額で触れ、乞い願うように瞼を閉じた。差し込む光に照らされた姿は、神に祈りを捧げる敬虔な信徒のように思えた。

 そうして二十四のジャックは穏やかな光に呑まれた。
 ふわりと姿が薄くなったかと思うと、先ほどまで話していた青年より一回りほど小さいジャックが現れた。
「せ、先輩……?」
 床にぺたんと座り込んだ、少しばかり丸い輪郭の少年は大きな瞳をこれ以上ないくらいに見開き、レオナを見つめている。しばしの間動きを止めたかと思うと、勢いよくレオナに抱きついてきた。
「怖い夢を見たんです。先輩がもっと遠くなってしまって、俺が取り残されて」
 ジャックの声は震え、レオナに回した両腕には力がこもっていた。
 十六のジャックは二十八のレオナに会ったのだろうか。八年後の自分は、この愛しい狼を置いてどこかに行ってしまう愚か者なのか。
 先ほどまでの不安が大きくなり、レオナもジャックをひしと抱きしめた。
「隣にいよう。二人でこれからも」
 腕の中の恋人に誓うように、自分を安心させるように呟いた。

 

 

Pixiv投稿2023.5.30

レオジャク,SS

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