これはおいしいお寿司

No.27

アドベントカレンダー2024

-1日目

 購買にクリスマスのコーナーができていた。
 寮や自室に置ける大小様々なツリーや装飾、赤と緑の派手な靴下、プレゼントになりそうな物が山ほど陳列されている。
 インクを切らして購買部に駆け込んだジャックは、インク瓶を片手にレジの列に並びながら、きらびやかな棚を見ていた。
 ウィンターホリデーは帰省するから部屋を飾る必要性は感じず、家族へのプレゼントはどうせなら麓の店で時間をかけて探したい。だから買う予定はなかったのだが。
 棚の奥のほうに押しやられている、小さな窓のような引き出しのようなものがいくつも並んでいる大きな箱が目についた。
 アドベントカレンダーだ。
 地元で暮らしていた頃も、クリスマスシーズンになると雑貨屋でよく見かけていた。
 学園でも取り扱っているとは思わなかったが、なんでもある購買部なら置いてあっても不思議ではない。
 目の前にいくつもプレゼントが並んでいれば、すべて開けてしまいたい生徒が多いのだろう。ジャックの周りで買っている人は見たことがない。また、二十四日分の何かしらを詰めているからそれなりの値段がするのに、1つ1つの引き出しは小さく、大した物が入っているようには思えない。よってジャックも手に取ることはないはずだった。
 人気商品の後ろに置かれ、誰も買わないようなそれが、なぜだか気になって仕方なかった。
 列に並んだまま、つい箱に手を伸ばす。
 なんてことはない、どこにでもある物だった。

 ジャックは大きな箱を抱えて寮に戻った。
 チョコレートやバターの香りがふわりと漂う。
 どうして買ってしまったのかわからない。これが衝動買いというやつだろうか。
 自室に向かう前に、談話室に寄った。一日一回程度、上級生の前に顔を出しておいたほうが後の面倒が少ないからだ。
 談話室は誰が買ったのか、そこそこ大きなツリーが置かれ、先輩に刃向かったであろう一年が逆さ吊りにされていた。
 悪趣味だ。
 いきさつは知らないが、ハッピーなインテリアと、体中アザだらけの生徒は不似合いだと思った。
 寮対抗マジフト大会の頃にツリーがあったなら、あそこに吊されていたのはジャックだったかもしれない。
 そんなことを考えて目を逸らした。
「ハウル、何持ってんだ」
「それ、アドなんたらってやつだろ」
 ツリーを見るために足を止めたのが悪かった。
 ニヤついた先輩や同学年らに声をかけられ、自室に置いてから談話室に寄るべきだったと後悔する。
「ちゃちいモンしか入ってねえだろ」
「全部開けても腹の足しにならねえよな」
 正直、ジャック自身もそう思っているが、嫌みな人らと同じ意見だというのが不快で、口をへの字に曲げ返事をしなかった。
 さっさと談話室を抜けようと賑わいに背を向けると、ひときわよく通る声が耳に飛び込んできた。
「クリスマスにはまだ早えぞ、うるせえ」
 大あくびをしたレオナが談話室に入ってきた。
 どこかで寝ていたのか、髪には木の葉がついている。
「随分ゴキゲンな靴下だな。目の毒だ、下ろしとけ」
「っす」
 レオナは、血が上って顔が真っ赤になっている一年を顎でしゃくった。
 ぐったりとした一年は同級生に担がれ、ようやく地面に戻った。
 その様子を最後まで見ることなく、興味なさそうにもう一度あくびをするレオナをジャックは眺めていた。
「なんだ、穴が開く」
 何も考えずにレオナの顔を見つめていたら、レオナがぼそりと呟いた。
「……あ、すんません」
 少し間を置いて自分のことを言われていることに気づき、慌てて視線を逸らした。
「お前はお前でご機嫌な代物を買ってんな。そんなにクリスマスが楽しみか」
「いえ、別に。なんとなく買っただけで」
 本当のことを言っても、言い訳のようにしか聞こえない。悪いことをしたわけでもないのに、居心地が悪い。
 クリスマスが待ちきれず、特大の靴下を早々に飾っているミドルスクールの子どものように思われているのかも、と思うと否定したくてたまらない。
 レオナはすべてお見通しだと言わんばかりに鼻で笑った。
 たかがアドベントカレンダーを買っただけでどうして笑われなくてはいけないのか。
 カッと頭に血が上る。
「楽しみってことでいいっすよ。ガキみたいで悪かったですね」
 爪先で地面を叩きながら、アドベントカレンダーの1と印字された引き出しを勢いよく開ける。
 小さくて可愛らしい紙に包まれたチョコレートが二つ入っていた。
「あーおいしい。クリスマスまで毎日開けるのが楽しみで仕方ないっす」
 破るように包みを開け、チョコレートを口に放りこみ、レオナを睨みながら言う。
 安いチョコレートは甘すぎて喉にまとわりつく。好物が入っているわけでもない引き出しを、一日ひとつ開け続けることの何が楽しいのか。
 苛立ちと共に吐き出した言葉は嘘しかなかった。
「そんなにうまいのか」
 ニヤリと笑い、レオナは小さな引き出しに長い指を入れた。
 止める間もなく、親指の先ほどしかない茶色の塊がレオナの口に入った。
「あっま」
 途端にレオナはうげえと顔をしかめた。
「こんなモン買うなよ、チョコだけ買えばもっといいモン食えるってのに」
 近くを歩いていた寮生の新品のペットボトルの水を奪って飲み干し、偉そうにジャックに言う。
「勝手に食べたのアンタだろ」
 勝手に食べたくせに文句つけるなと、ジャックはレオナを見下ろした。
 まだ舌に甘いのが残ってる、とレオナは眉間に皺を寄せた。
 レオナの百面相が面白くて、少し苛立ちが収まるのを感じた。
 ジャックとて喉に甘ったるい香りがへばりついたままだ。早くこの場を離れて水を飲みたい。
「二つ入ってたからいいだろ」
「俺が買ったのに」
「普段から面倒を見てやってんだから、礼だと思っとけよ」
 それを言われたら何も言い返せない。
 面倒を見てもらった記憶より、授業をサボるレオナを探したり、朝練に付き合ってもらおうとドアを爆音ノックする記憶のほうが多い気がするが。
「明日何が入ってるか楽しみだな」
「まさか、毎日取ってく気っすか?」
 機嫌が良さそうに鼻歌を歌うレオナを、信じられないとまじまじ見た。
「ほら、アレだ、二人なら楽しみは二倍ってやつだ。よかったな、優しい寮長がアドベントカレンダーに付き合ってくれて。お前は本当に運がいい」
「最悪だ」
 早くウィンターホリデーに入って帰省したい。
 すべての引き出しに菓子が二つ入っているという確証はないのだ。この暴君に取られてしまうと思うと、なんとなく買っただけのおいしくもないアドベントカレンダーが惜しくなる。一人で開けてしまいたい。
「こっそり一人で開けようとするなよ」
 どうにかレオナに奪われまいと考えるが、念押しされてしまう。
「アドベントカレンダーなんざ、やったことねえんだ。俺も楽しませてくれるよな」
 一言言えば実家からいくらでも豪勢なものが届くだろうに、レオナはジャックの抱える安っぽい菓子しか入っていない箱に執着してくる。
 これが集団生活の醍醐味というやつだと自分に言い聞かせ、一発殴りたい気持ちを抑えつける。
 このあと明日の予習をしなければならないのだから、ここでツリーに飾られるわけにはいかないのだ。
「……わかりました。先輩も一緒に開けていいんで、タイミングは俺の好きなときでいいっすか」
「そんくらいは譲ってやる。好きなときに俺の前で開けろ」
 言質は取った。
 ジャックは尻尾を一振りして深く頷いた。
 明日の朝、走りに行く前に寮長室に寄ってやろう。
 人の物を取ろうとしたことをしっかり後悔してもらわねば。

 一日分軽くなったアドベントカレンダーを抱え、ジャックは談話室を離れた。
 自分の尻尾が揺れているのを気にしないようにして。

 

 

Twitter投稿2024.12.2

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