これはおいしいお寿司

No.28

アドベントカレンダー2024

-2日目

 アラームより早い時間に起きた。
 部屋はまだ暗く、ルームメイトのいびきが高らかに響いている。
 起きるには寒かったが、気合いを入れて毛布を蹴り飛ばした。
 そして、寒さを実感する前に勢いよく運動着に着替えた。ついでにいつものストレッチをこなす。
 どたばたと音を立ててしまったが、いびきの三重唱が止むことはなかった。
 身支度を終え、さてどうしたものかと机の上に目をやった。
 物の少ない机に置かれたアドベントカレンダーは、色彩も大きさも派手で非常に目立つ。
 小さなツリーやらスノードームやらが置かれているルームメイトの机と同じくらい、クリスマスを楽しみにしているように見えた。
 クリスマスなんか、サバナクロー寮で迎えたところで何も楽しいわけがないのに。
 家族で過ごすクリスマスが待ち遠しい。
 入学してからどんなことが起きたのか、話したくてたまらない。部活のこと、授業のこと、イベントのこと、それと入学が決まってからずっと話していた憧れの人に会えたこと――これは話さなくていいかもしれない。
 まだ気持ちの整理がついていなくて、どんな顔をして話せばいいのかわからない。尊敬はしているが、あのときの失望感は今もくすぶっている。
 今から一騒動起こす相手の顔を思い浮かべ、首を横に振った。
 息を吸ってアドベントカレンダーを手に取り、部屋を出た。

 足音を立てないように、そろりそろりといつも以上に気配を殺して廊下を歩く。
 早朝の寮は、早起きの生徒の活動音がわずかに聞こえるのみで、木々のざわめく音と静かな風の音が寮内を駆け巡っていた。
 床に張られた古い板の香り、噴水の岩にこびりついた苔の香り。
 いつも人の匂いに上書きされていた自然の息遣いを感じられる、この時間がお気に入りだった。
 不安と興奮に高鳴る心臓を押さえつけ、アドベントカレンダーを胸に抱え直して足を運ぶ。
 慣れ親しんだ道ではないが、まったく歩いたことのない道というわけでもない。
 いつもと歩く時間が変わるだけで、見知らぬ場所へ向かっているような気持ちになる。
 目的地に辿り着き、ジャックはしばらくドアを見つめていた。
 胸が早鐘を撞くようにうるさい。
 ひとつ、ふたつ深呼吸をする。
 振り絞った勇気がしぼむ前に、拳を振り上げた。
「レオナせんぱーーい! おはようございます!」
 寮内に響き渡らない程度に、ドアの向こうの相手にしっかり聞こえる程度に叫び、太鼓のようにドアを拳で打ち鳴らした。
 どうせ起きないだろうと返事を待たずにドアを開ける。
 薄暗い部屋の中、想像通りベッドの中でうごめく塊が見えた。
 謎の言語をうにゃむにゃと発し、毛布に潜り込んで騒音から耳を守っているレオナだ。
 たまに見せる威厳の欠片もない、みっともない姿にジャックは情けないと思いつつ口角を上げた。
 先ほどまで抱えていた不安はどこかへ消え去り、なんとも表現のしにくい喜びのような感情が湧き上がってくる。
 早く起きてほしくて、部屋の電気をつけた。
「先輩、朝っすよ! アドベントカレンダー開けるんじゃないんですか!」
 レオナの毛布を引っ剥がした。
 機嫌の悪い肉食獣のような低いうなり声が聞こえる。
 普段であれば気後れして後ずさりしているような声だが、今のジャックはただただ楽しさのほうが勝っていた。
 昼寝をしているレオナの姿は嫌というほど見ているのに、なぜかベッドに伏せて起きようとしない姿が新鮮でたまらない。
 体温がいつもより高いレオナの体を揺さぶる。
「起きねえなら一人で開けますけど」
「……いま、なんじだ……」
「四時半っす」
「は?」
 ようやく目を薄く開いたレオナは、枕元のスマホを一分ほど見ていた。
「……よじはん」
「四時半っす」
 ジャックの繰り返した言葉を聞いて、レオナは枕に顔を埋めた。
 たっぷりの沈黙ののち。
「……馬鹿がよ……」
「早く起きてください。ヴィル先輩待たせたくないんで」
「……朝のジョギングはもっと遅い時間だろ」
「起きちゃったから仕方ないじゃないっすか」
「ジジイみたいな早起きに付き合わせるな」
「俺のタイミングでいいって言ったの先輩っす」
 昨日の約束を口にすると、レオナは呻いてゆっくり上体を起こした。
「程度ってモンがあんだろ」
「たまには早起きもいいっすよ」
「さっき寝たばっかなんだよ……」
「ド平日に夜更かしするほうが悪い」
 なんとか起きたものの、油断するとすぐ眠りの国に飛んでしまいそうなレオナを、ジャックは頬を緩めて眺めていた。
 いつもなら隣にラギーがいて、口うるさくアレコレ言ってレオナを授業に引きずっていくのだが、今は一人だけだ。
 ジャックの小言にあーだこーだ返すレオナを独り占めしている気持ちになる。
 大きなあくびをして、レオナはジャックに手を差し出した。
「ほら、早く」
「え、は、はい」
 昨日はレオナの我が儘に付き合って仕方なく二人で開けることにしたはずなのに、今はジャックがレオナに我が儘言って付き合ってもらっているみたいだ。
 早朝という我が儘を無理矢理通したことは事実なのだが。
 少し悪いことをした気がしてきて、おずおずとアドベントカレンダーを差し出す。
「今日の分な」
 お前が開けろ、とレオナが顎で指し示す。
 促されるままに引き出しを開けると、クッキーが二枚入っていた。
 安いマーガリンの香りがする。
 こんな時間に食べて大丈夫だろうか、いやこれから走るから問題ないか。
 一瞬逡巡し、まあいいかと包装を開けてクッキーを一枚口に入れた。
 サクッと口の中で崩れ、すぐに消えてしまった。
 食べた気がしない。
 空腹のところに下手に固形物を食べてしまったせいで、空腹感が増す。
 残りの一枚はどうせレオナが食べてしまうのだろうと、目を逸らした。
「寝起きは腹空かねえ」
 早く食べてほしい、この時間を終わらせて走って空腹を紛らわせたい、と思っていたら、レオナがぼそりと呟いた。
 我が儘にも程がある、いやこの時間に叩き起こしたジャックのせいなのか? しかしいつでもいいと言ったのはレオナだし、ジャックが買ってきたのによこせと言うレオナがそもそも悪いはずだ。
 ジャックはイラっとして眉間に皺を寄せた。
「じゃあ間食にでもしてください」
 目の前にあるとお腹が空いて仕方ない。
「……いや、これの半分でいい」
 大して大きくもないクッキーを半分に割り、レオナはジャックの口の中に片方を突っ込んだ。
 突然のことにむせたが、吐き出さないように懸命に飲み込む。
「な、何するんですか、気管に入ったんすけど」
 何度か大きな咳をして、ジャックは涙目になりながら抗議した。
「半分だけほしかったから」
 レオナは一口でクッキーを平らげ、ニヤリと笑いながらジャックを見上げた。
 無性に腹が立って仕方ないのに、ジャックは言い返せなかった。
「……もう時間なんで行きます」
 ヴィルとの約束には余裕があったが、レオナの前から姿を消したくなって背を向けた。
「おう」
 レオナは止めなかった。
 が、背中から声がかかる。
「それ、置いてけよ」
「それ?」
 なんのことかわからず、ジャックは振り返った。
 レオナは真っ直ぐにジャックの抱えている箱を指差していた。
「中身気になるから、明日も俺の前で開けろ」
 なんとなくそうなるだろうとは思っていたが、まさか毎日レオナの部屋に来いということだろうか。
「談話室でよくないっすか」
「うるせえだろ」
 そんなに気になるだろうかと首を傾げたが、レオナは絶対に譲らない性格だ。ジャックが折れるほうが面倒がない。
「じゃあ、置いときます」
 それでレオナの気が済むならいいだろうと、アドベントカレンダーを机の上に置いた。
 駄々をこねる弟の機嫌を取っている気分だ。
 レオナは満足げに頷いた。
「……じゃあ」
 今度こそジャックはレオナの部屋を出た。
 明日からも早朝アタックしてもいいということだろうか。
 ベッドの上でもだもだと芋虫のように這う姿はお世辞にもかっこいいとは言えないが、また見てみたいと思ってしまった。
 できれば、また一人で。ラギーが起こす前に。
 また早起きしようと決めて、ジャックは軽やかに廊下を走った。

 

 

Twitter投稿2024.12.2

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