これはおいしいお寿司
TOP
MAIN
OFFLINE
BLOG
No.29
アドベントカレンダー2024
-3日目
昨日と同じ時間に目が覚めた。
やはり部屋の中は暗く、夜明けまで遠いことを示していた。
鳴る準備だけしていたアラームを止め、大きく背伸びをする。
日課のストレッチをしながら、ジャックは浮ついた心を落ち着ける方法を探っていた。
新しい日課が増えただけ、それもホリデー前まで。
心の中で何度も唱えながら、念入りにアキレス腱を伸ばす。
人が買ってきたものを横取りするような行為に対して苛立っているはずなのに、なぜか楽しみになっている。
あのレオナと時間を共有できることが、きっと嬉しいからだろう。腐っても憧れの人である。少しばかり理不尽な目に遭っても、憧れフィルターですぐ許せてしまうからだろう。
ジャックはそう結論づけて、レオナの部屋へ向かった。
今日も熟睡していると思われる時間帯だが、ジャックが夜明け頃に訪れることは予想しているだろう。
驚かせる必要がないからと、足音を忍ばせることもなく堂々と廊下を歩く。
昨日より足が軽やかになっているのは、気配を殺す必要がないからだろうか。
寮長室の前まで来ると、ドアの隙間から光が漏れていることに気づいた。
明かりをつけたまま寝てしまったのか。
深く考えず、落ち着かない尻尾をなだめてから、ドアを軽くノックする。
「おはようございます!」
返事を待たずにドアを開けると、予想に反してベッドで本を読んでいるレオナが顔を上げた。
「来たか」
驚いた素振りを見せず、むしろ待ちくたびれたと暗に言っているようだった。
「……今日は早起きっすね」
「早起きと言うより遅寝だな」
「まさか、寝てないんですか?」
そんなに読書に夢中になっていたのか。
目元を指で解してレオナは大きくあくびをした。そして読みかけの本をヘッドボードに置く。
またレオナの寝起きを独り占めできるかと期待していたが、毛布に包まって本を読んでる姿も新鮮で、あまりがっかりはしなかった。
「早起きの子犬が大騒ぎしに来るからな」
「夜に行くかもしれないのに?」
「夜はお前寝てるだろ」
「寝る前に行くとかあるじゃないっすか」
「まあ、いいだろ。俺は起きていた。お前はこの時間に来た。それだけだ」
まるでジャックを待ってずっと起きていたように聞こえる。何時に訪れるとも約束していないのに。
まさかそんな殊勝な人ではないだろうと、一瞬浮かんだ考えを隅に押しやる。レオナは誰から見ても人を待たせる側のはずだ。
「それで……今日の分、開けますか?」
「開けるために来たんだろ」
なんて返せばいいかわからず、ここに来た本来の目的に話題を逸らすと、つっけんどんな言葉が返ってきた。
少しイラつきを覚えたが、正論でしかないので黙って机の上のアドベントカレンダーを持ち、ベッドに運ぶ。
三つ目の引き出しを開けると、カラフルな飴が三つ程入っていた。パッケージは透明で、味はわからない。
「飴っすね」
「飴か」
チョコレートやクッキーよりさらに食い出がない。
少し肩を落としてピンク色の飴のパッケージを破ると、人工的な苺の香りが漂った。
苦手な匂いだ。恐らく味も苦手だ。
口に入れる気にならない。
ジャックは、別の飴を取ったレオナの手の中を覗きこんだ。
「先輩のは何味っすか」
「ん、わからねえなこれ」
緑色の飴からはメロンの香りがしていた。
人工的な香りに慣れていないのか、はたまたレオナの知る本物の香りとは程遠いからなのか、レオナは首を傾げる。
「それはメロンっすね」
「……そうか。お前のは」
「苺っす」
「そんな甘ったるい匂いだったか?」
「苺味の菓子は大体こんな匂いです」
「そうか……」
ジャックと同じように食べる気にならないのか、レオナは飴玉を手の中で転がした。そして、そのまま引き出しの中に残っている飴を取る。
「この飴は何味だ?」
「黄色なんで、レモンっぽいっすね」
「ふうん」
ジャックの話を聞いているのか聞いていないのか、レオナは黄色の半透明の飴を照明にかざして遊んでいる。
「飴を見たことないんすか」
まさかそんなことはないだろうと思いつつ、ジャックはレオナに尋ねる。
「ある」
「じゃあどうして珍しそうに見てるんすか」
「いや、別に」
そう言いながらも、レオナは黄色の飴をずっと眺めている。かと思うと、急にジャックの顔をじっくりと見てくる。細い瞳孔がジャックを見据える。目を逸らせない。
何事かとどぎまぎしていると、不意にパッケージを破った。
予想通り、レモンの香りが漂う。
緊張が解け、ジャックは息をついた。
「これがレモンか……」
「本物とはだいぶ違いますけど、まあ一般的なレモンはこれっす」
三つ開けて、混ざり合った香料の甘ったるい匂いが広がる。
「お前にはこれをやる」
レオナがメロン味の飴をジャックの手に押しつけてきた。
食べられなくもないが、苺味にしろメロン味にしろ、好んで食べたい香りではない。
だが。
「お前の目の色みたいだ」
そう呟いてレモン味の飴を口に放り込んだレオナを見て、ジャックはメロン味の飴玉に目を落とした。
向こうが透けて見える安っぽい緑色は、レオナの瞳に似ても似つかない。レオナの瞳はもっと深く鮮やかでギラついて――。
いつの間にかレオナに近づいて、夏の豊かな草原を思わせる瞳に見入っていた。
ジャックが何を思って見ているのか、レオナはわかっているように笑った。
「似ているか?」
「全然」
底の浅い緑色を口に入れた。
ちっともメロン味ではないのに、十数年かけて擦り込まれた味覚がこれはメロン味だと主張している。口から鼻腔にかけて甘い香りが充満し、鼻があまり利かなくなって微かな不安に襲われた。
「それ、レモンの味しました?」
「いや? 全然だ」
レオナは顔をしかめる。
「なんつうか、香水を間違って飲んだことを思い出す」
「めちゃくちゃまずそう」
「それも人間用だ」
口の中に広がるキツい匂いを想像し、ジャックも苦い顔をする。
「しばらく口の中が花の匂いしかしなくて、ろくに飯も食えなかった」
「うわあ」
部屋には香料の香りが漂っている。お世辞にも気分がいいとは言えない。
ジャックはすっくと立ち上がり、窓を開けた。
「おい、寒い」
「飴の匂い、あんまし好きじゃねえ」
冷たい空気とともに、朝露に濡れた木々の香りが部屋を通り過ぎる。
口の中はまだ人工的な匂いに満ちていたが、新鮮な空気を吸ったことで少し気持ちが楽になった。
しばらくして窓を閉めて振り返ると、毛布を被って丸くなっているレオナがそこにいた。
「さみい」
「空気入れ替えたらいい気分にならないっすか?」
「ならねえ。さみい。あほ」
口を開けるのも嫌だと、短く罵倒してくる。
ガキみてえ。
うっかり言いそうになった口を押さえ、ジャックは苺味の飴をポケットに入れた。
「じゃあ、俺もう行くんで」
「おう」
レオナは毛布から顔だけを出してジャックを見る。
「明日は……」
「お前の好きにしろ」
「……朝以外の時間に来ます」
ただの意趣返しとして熟睡しているところを起こしたかっただけだ。待っていてほしいとは思っていない。きちんと夜は眠ってほしい。
「夜更かししに来るのはやめろよ」
「先輩に言われたくはないっす」
夕食後の、満腹になって眠たくなっているところを邪魔してみようか。
そんなイタズラを考えつつ、ジャックは照明を消した。
「それじゃ、この時間に言うのも変ですけど――おやすみなさい」
「ああ」
そしてジャックは一日を始めるべく、外へ走り出した。
Twitter投稿2024.12.4
レオジャク
,
アドベントカレンダー2024
,
SS
2026.1.15
No.29
favorite
いいね
いいねありがとうございます!
戻る
ユーザ「えんがわ」の投稿だけを見る
(※
時系列順で見る
)
この投稿と同じカテゴリに属する投稿:
カテゴリ「レオジャク」の投稿だけを見る
(※
時系列順で見る
)
カテゴリ「アドベントカレンダー2024」の投稿だけを見る
(※
時系列順で見る
)
カテゴリ「SS」の投稿だけを見る
(※
時系列順で見る
)
この投稿日時に関連する投稿:
2026年1月15日の投稿だけを見る
(※
時系列順で見る
)
2026年1月の投稿だけを見る
(※
時系列順で見る
)
2026年の投稿だけを見る
(※
時系列順で見る
)
全年1月15日の投稿をまとめて見る
(※
時系列順で見る
)
全年全月15日の投稿をまとめて見る
(※
時系列順で見る
)
この投稿に隣接する前後3件ずつをまとめて見る
この投稿を再編集または削除する
« No.28
No.30 »
初期表示に戻る
昨日と同じ時間に目が覚めた。
やはり部屋の中は暗く、夜明けまで遠いことを示していた。
鳴る準備だけしていたアラームを止め、大きく背伸びをする。
日課のストレッチをしながら、ジャックは浮ついた心を落ち着ける方法を探っていた。
新しい日課が増えただけ、それもホリデー前まで。
心の中で何度も唱えながら、念入りにアキレス腱を伸ばす。
人が買ってきたものを横取りするような行為に対して苛立っているはずなのに、なぜか楽しみになっている。
あのレオナと時間を共有できることが、きっと嬉しいからだろう。腐っても憧れの人である。少しばかり理不尽な目に遭っても、憧れフィルターですぐ許せてしまうからだろう。
ジャックはそう結論づけて、レオナの部屋へ向かった。
今日も熟睡していると思われる時間帯だが、ジャックが夜明け頃に訪れることは予想しているだろう。
驚かせる必要がないからと、足音を忍ばせることもなく堂々と廊下を歩く。
昨日より足が軽やかになっているのは、気配を殺す必要がないからだろうか。
寮長室の前まで来ると、ドアの隙間から光が漏れていることに気づいた。
明かりをつけたまま寝てしまったのか。
深く考えず、落ち着かない尻尾をなだめてから、ドアを軽くノックする。
「おはようございます!」
返事を待たずにドアを開けると、予想に反してベッドで本を読んでいるレオナが顔を上げた。
「来たか」
驚いた素振りを見せず、むしろ待ちくたびれたと暗に言っているようだった。
「……今日は早起きっすね」
「早起きと言うより遅寝だな」
「まさか、寝てないんですか?」
そんなに読書に夢中になっていたのか。
目元を指で解してレオナは大きくあくびをした。そして読みかけの本をヘッドボードに置く。
またレオナの寝起きを独り占めできるかと期待していたが、毛布に包まって本を読んでる姿も新鮮で、あまりがっかりはしなかった。
「早起きの子犬が大騒ぎしに来るからな」
「夜に行くかもしれないのに?」
「夜はお前寝てるだろ」
「寝る前に行くとかあるじゃないっすか」
「まあ、いいだろ。俺は起きていた。お前はこの時間に来た。それだけだ」
まるでジャックを待ってずっと起きていたように聞こえる。何時に訪れるとも約束していないのに。
まさかそんな殊勝な人ではないだろうと、一瞬浮かんだ考えを隅に押しやる。レオナは誰から見ても人を待たせる側のはずだ。
「それで……今日の分、開けますか?」
「開けるために来たんだろ」
なんて返せばいいかわからず、ここに来た本来の目的に話題を逸らすと、つっけんどんな言葉が返ってきた。
少しイラつきを覚えたが、正論でしかないので黙って机の上のアドベントカレンダーを持ち、ベッドに運ぶ。
三つ目の引き出しを開けると、カラフルな飴が三つ程入っていた。パッケージは透明で、味はわからない。
「飴っすね」
「飴か」
チョコレートやクッキーよりさらに食い出がない。
少し肩を落としてピンク色の飴のパッケージを破ると、人工的な苺の香りが漂った。
苦手な匂いだ。恐らく味も苦手だ。
口に入れる気にならない。
ジャックは、別の飴を取ったレオナの手の中を覗きこんだ。
「先輩のは何味っすか」
「ん、わからねえなこれ」
緑色の飴からはメロンの香りがしていた。
人工的な香りに慣れていないのか、はたまたレオナの知る本物の香りとは程遠いからなのか、レオナは首を傾げる。
「それはメロンっすね」
「……そうか。お前のは」
「苺っす」
「そんな甘ったるい匂いだったか?」
「苺味の菓子は大体こんな匂いです」
「そうか……」
ジャックと同じように食べる気にならないのか、レオナは飴玉を手の中で転がした。そして、そのまま引き出しの中に残っている飴を取る。
「この飴は何味だ?」
「黄色なんで、レモンっぽいっすね」
「ふうん」
ジャックの話を聞いているのか聞いていないのか、レオナは黄色の半透明の飴を照明にかざして遊んでいる。
「飴を見たことないんすか」
まさかそんなことはないだろうと思いつつ、ジャックはレオナに尋ねる。
「ある」
「じゃあどうして珍しそうに見てるんすか」
「いや、別に」
そう言いながらも、レオナは黄色の飴をずっと眺めている。かと思うと、急にジャックの顔をじっくりと見てくる。細い瞳孔がジャックを見据える。目を逸らせない。
何事かとどぎまぎしていると、不意にパッケージを破った。
予想通り、レモンの香りが漂う。
緊張が解け、ジャックは息をついた。
「これがレモンか……」
「本物とはだいぶ違いますけど、まあ一般的なレモンはこれっす」
三つ開けて、混ざり合った香料の甘ったるい匂いが広がる。
「お前にはこれをやる」
レオナがメロン味の飴をジャックの手に押しつけてきた。
食べられなくもないが、苺味にしろメロン味にしろ、好んで食べたい香りではない。
だが。
「お前の目の色みたいだ」
そう呟いてレモン味の飴を口に放り込んだレオナを見て、ジャックはメロン味の飴玉に目を落とした。
向こうが透けて見える安っぽい緑色は、レオナの瞳に似ても似つかない。レオナの瞳はもっと深く鮮やかでギラついて――。
いつの間にかレオナに近づいて、夏の豊かな草原を思わせる瞳に見入っていた。
ジャックが何を思って見ているのか、レオナはわかっているように笑った。
「似ているか?」
「全然」
底の浅い緑色を口に入れた。
ちっともメロン味ではないのに、十数年かけて擦り込まれた味覚がこれはメロン味だと主張している。口から鼻腔にかけて甘い香りが充満し、鼻があまり利かなくなって微かな不安に襲われた。
「それ、レモンの味しました?」
「いや? 全然だ」
レオナは顔をしかめる。
「なんつうか、香水を間違って飲んだことを思い出す」
「めちゃくちゃまずそう」
「それも人間用だ」
口の中に広がるキツい匂いを想像し、ジャックも苦い顔をする。
「しばらく口の中が花の匂いしかしなくて、ろくに飯も食えなかった」
「うわあ」
部屋には香料の香りが漂っている。お世辞にも気分がいいとは言えない。
ジャックはすっくと立ち上がり、窓を開けた。
「おい、寒い」
「飴の匂い、あんまし好きじゃねえ」
冷たい空気とともに、朝露に濡れた木々の香りが部屋を通り過ぎる。
口の中はまだ人工的な匂いに満ちていたが、新鮮な空気を吸ったことで少し気持ちが楽になった。
しばらくして窓を閉めて振り返ると、毛布を被って丸くなっているレオナがそこにいた。
「さみい」
「空気入れ替えたらいい気分にならないっすか?」
「ならねえ。さみい。あほ」
口を開けるのも嫌だと、短く罵倒してくる。
ガキみてえ。
うっかり言いそうになった口を押さえ、ジャックは苺味の飴をポケットに入れた。
「じゃあ、俺もう行くんで」
「おう」
レオナは毛布から顔だけを出してジャックを見る。
「明日は……」
「お前の好きにしろ」
「……朝以外の時間に来ます」
ただの意趣返しとして熟睡しているところを起こしたかっただけだ。待っていてほしいとは思っていない。きちんと夜は眠ってほしい。
「夜更かししに来るのはやめろよ」
「先輩に言われたくはないっす」
夕食後の、満腹になって眠たくなっているところを邪魔してみようか。
そんなイタズラを考えつつ、ジャックは照明を消した。
「それじゃ、この時間に言うのも変ですけど――おやすみなさい」
「ああ」
そしてジャックは一日を始めるべく、外へ走り出した。
Twitter投稿2024.12.4