これはおいしいお寿司

No.31

アドベントカレンダー2024

-5日目

「先輩、失礼します」
 昼食後、ジャックは寮に戻ってレオナの部屋を訪れた。
 午後の授業が休講になり、部活までの時間が空いてしまったからだった。
 いつもであれば図書館で勉強をしたり、中庭や空いているグラウンドを走ったりして時間を有効活用しているが、今日はレオナが寮に戻っていると聞いたので、それならばと足を向けた。
 どうせベッドで寝ているだろうとドアを開けると、やはりベッドに転がっている姿が見えた。
 時間を予告して行ったあの日以外、寝ている姿しか見ていない気がする。
 それがレオナ・キングスカラーという人だから仕方ないのだが。
 部屋の中に入っても、熟睡しているらしくレオナは起きなかった。
 そっと忍び寄る。
 鼻も耳も聡いレオナが、どのくらいの距離でジャックに気づくのか、試してみたいという出来心だった。
 じりじりと少しずつ近寄り、ベッドのそばまで近づいてレオナを見下ろす。
 安定した小さな寝息は、ジャックに気づいていないことを示していた。
 酷く疲れているらしい。
 ジャックは近くの椅子を持ってきて腰掛けた。
 大きな窓から入ってくる陽の光が部屋を暖めている。
 心地いい室温だ。
 背もたれに腕をかけ、顎を載せてレオナをじっくりと見た。
 レオナの腹が呼吸音に合わせてゆっくりと上下している。
 寝るときにはかけていたであろう毛布は足元で丸まり、シャツは捲れて腹が出ている。
 風邪を引いてしまうだろうか、でも毛布をかけ直したら起きてしまうかもしれない。
 部屋が暖かいからまだ大丈夫だろうか。
 しばし考え、日が落ちたらかけ直してやることにした。
 眠っているレオナは眉間に皺がなく、起きているときより幾分かあどけなく見える。
 皮肉めいた笑みも、呆れたような諦めたような遠くを見る目も、今はなかった。
 いつものあの険しい顔は、自分やほかの生徒が苛立たせてしまっているから?
 ほんの少しだけ、罪悪感めいた思いが心を走り抜けた。
 穏やかな表情を起きているときに見られたら――だが、それはもはやレオナではないかもしれない。
 それでも、毎日を楽しく過ごしてほしい。
 可能ならば、怠いとは思わずにやる気に満ち溢れていてほしいものだが。
 レオナの寝顔に、弟妹に感じるような庇護感を覚え、慌てて頭を振った。
 目を強く瞑り、思考にストップをかける。
 うんと年上の大人に感じるものではない。
 この気持ちがバレたら呆れられるだけでは済まないかもしれない。舐めやがってと怒られることだって有り得る。なかったことにしないと。
 思考が落ち着いたところで、そろりと瞼を開ける。
 相変わらずレオナは眠っていた。
 背中に感じる暖かな光、微かな呼吸音、規則的に動くレオナの腹、穏やかなレオナの表情。
 二人だけの空間にいつの間にか瞼が重くなり、ジャックは椅子に座ったまま意識を手放した。

 肌寒さを感じ、眠りから目を覚ました。
 すっかり日は沈んでいた。
 間接照明のほのかな明かりだけが目に入る。
 自分がどこにいたかを忘れ、状況を把握しようと体を起こすと、肩から毛布が滑り落ちた。
 途端に寒さに襲われ、ジャックはぶるりと身を震わせて、慌てて肩に戻そうと落ちたそれを手に取る。
 と、自室の見慣れた毛布でないことに気づいた。
 この柄は、少し前までレオナの足元で丸まっていた――つまりここはレオナの部屋で。
 そこまで思い出し、はっとしてベッドを見る。
 レオナはベッドで横になり、スマホを弄っていた。
 ジャックが起きたことに気づき、目を向ける。
「ねぼすけ、起きたか」
「あ、ああ、えっと、すみません、すっかり寝入っちまって……」
 ジャックは慌てて立ち上がり、毛布を手早く畳んでベッドの足元に置く。
「寒いなら肩にかけとけよ」
「いえ、大丈夫です。気を遣わせてしまってすみません」
「ここで風邪引かれても困るだけだ。優しくしてやったわけじゃねえ」
 突き放すような言葉とは裏腹に、レオナの表情は柔らかかった。
 長い脚で器用に毛布を蹴り上げ、ジャックに受け取らせる。
「……すみません」
 寒さを感じていたのは事実だったので、軽く頭を下げてジャックは毛布を肩にかけた。
 きゅっと自身を抱きしめるように丸くなる。
「いつから起きてたんですか」
「夕方くらいか? 気づいたらお前がいて、授業をサボるとは珍しいと思ってたんだが」
「休講になったんで。それで、先輩が寮にいるから寄ってみたんですけど」
 まさかレオナの寝顔を見ているうちに寝てしまった、とは言えなかった。
「アドベントカレンダーを開けに? わざわざ?」
「まあ、そっすけど……」
 わざわざと言うようなことでもない。
「お前のことだから、部活終わりに来るかと思った。冬の大会も近いだろ」
「……あっ部活、寝過ごした……!」
 レオナの言葉に、血の気が引いた。
 放課後まで時間を潰したら部活に行くはずだったのに。
「ああ、やらかした……顧問になんて言えば」
「一日くらい大丈夫だろ」
「その一日が響くんですよ。あとで走り込みしないと」
 頭を抱えるジャックを見て、レオナは笑った。
「休養日ってことでいいじゃねえか。たまには休みが必要だ」
「でも」
「それより、開けるんだろ。持ってこいよ」
 レオナは間接照明を消し、部屋全体の照明をつけた。
 眩しさに一瞬目が眩む。
 落ち込んでいても仕方ない、とジャックは思考を切り替えた。
 小さくため息をつきながら、机の上のアドベントカレンダーをベッドに置く。
「今日はなんだと思う?」
「またなんかの食い出がない菓子っすかね」
 チョコレート、クッキー、飴、マシュマロ。
 統一感のなさに、予想ができない。
「ゼリーとか」
「ゼリーなあ。まあ、悪くはねえな」
 ジャックはそっと引き出しを開ける。
 食べ物らしい匂いはしなかった。
 中には親指ほどの小さなサンタクロースの人形と、クリスマスツリーが入っていた。
「これは、人形型のチョコ……ってわけでもなさそうっすね」
「オーナメントだな」
「オーナメント」
「部屋やツリーに飾ったりするんだろ」
「ああ……」
 菓子が入っていると思い込んでいたので、クリスマスのための装飾品という発想がすぐに出てこなかった。
「不細工だな」
 塗料は適当に塗られ、サンタクロースの顔が絶妙に歪んでいる。
「黒目が変なとこ向いてんな」
 レオナが喉の奥で笑う。
「口もはみ出てて、獲物食ったあとみたいっすね」
「トナカイ食ったのか?」
「そしたらソリを引く動物がいなくなっちまう」
 二人で顔を見合わせ、くすくすと笑う。
「これ、どうします? 消え物じゃないっすけど」
「いらねえけど、お前は?」
「俺もいらねえっす」
「だよな。じゃお前サンタな」
「いらないって言ったじゃないっすか」
「いらねえモンは二人で分かち合うんだよ」
「分かち合ってもいらねえ」
「じゃあそれぞれ真っ二つにして……」
「ツリーはともかく、サンタの首はもっといらねえ!」
 不細工なサンタクロースとツリーを押し付け合いながらも、笑いが止まらない。
 ジャックは諦めて目尻の涙を拭った。
「わかりました、サンタもらうんで、ツリーはあげます」
 いらねえ、とまた笑いながらサンタクロースの人形を握りしめた。
「ちゃんと飾っとけよ」
「部屋に? 嫌っす」
「俺も飾るからよ。連帯責任だ」
「意味分かんねえ」
 ヘッドボードにツリーを置くレオナを見て、このヘンテコなサンタクロースをどこに飾るか頭を悩ませる。
「クリスマスのゴキゲンな飾り付けなんてするつもりなかったのに」
「じゃああれだ、談話室のツリーにぶら下げとくか」
「えっ。それはちょっと」
 なんとなく二人の秘密にしておきたくて、声を思わず上げた。
「その……喧嘩に巻き込まれて壊れるかもしれないんで、部屋に置いときます」
「おう。そうしとけ」
 悠然と笑うレオナに若干のムカつきを覚えながらも、手のひらにゴツゴツと食い込む人形の感触に胸がいっぱいになる。
「じゃあ、俺はこれから走りに行くんで」
「休んどけばいいのに、真面目だな」
「落ち着かなくて。じゃあ……また明日」
「また明日」
 明日も会えるという別れの言葉がくすぐったい。
 なんの躊躇いもなく返された約束の言葉に頬が熱くなる。
 尻尾が暴れるのも構わず、ジャックはレオナの部屋を走り出た。

 

 

Twitter投稿2024.12.6

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