これはおいしいお寿司
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No.36
アドベントカレンダー2024
-10日目
ジャックは空虚を抱えていた。
怒りは既になく、レオナと時間を共有する機会が失われたことが、ただ惜しくて堪らなかった。
レオナもアドベントカレンダーを失ったことを残念に思ってくれていたことだけが、救いだった。
とはいえ、代替案を示されることもなく、ジャックから提案することもなく、昨夜はあれから夕飯を食べてそれぞれの部屋へと戻った。
今日からどうすればいいのだろう。
どうするも何も、何もしないのだ。
朝も夜もレオナの部屋を訪れることなく、ただ毎日を今まで通り過ごすのみ。日常に戻るだけだった。
――そういえば、昨日レオナの部屋を訪れたときにアドベントカレンダーの残骸を置いてきてしまっていた。
もう捨てているか、捨てるのも面倒でベッドの下に放っているかのどちらかだろうが。さすがにゴミをレオナの部屋に置きっぱなしにするわけにはいかない。
休み時間、ジャックはスマホを取り出してレオナとのメッセージ欄を開く。
過去のトークは業務連絡ばかりが並んでいる。ハロウィンの準備だとか当日のシフトだとか、そういった報告を端的に送ると、レオナからは一言だけが返ってきていた。教師が探しているが今どこにいるのか聞くと、決まって返事はなかった。
必要性は低く、個人的な理由でメッセージを送るのは初めてだ。
ただ「アドベントカレンダーを取りに行ってもいいか」と送るだけなのに、その一文を送れないでいる。送信ボタンを押そうとして、何度もメッセージを削除する。
数分迷った末に、ジャックは諦めてメッセージアプリを落とした。
今送らなくても、学園内や寮内で顔を見かけたときに聞けばいいだけの話だ。
少し未練がましくスマホのホーム画面を眺めていると、メッセージアプリの通知が届いた。
なんだと見てみると、レオナからのメッセージだった。
慌ててアプリを開き直す。
『今日、部屋に来い』
それだけだった。
それだけの短い文章なのに、胸が苦しいくらいに高鳴り始めた。
『わかりました。放課後、行きます』
震える手で返事を打ち、息を吐きながら送信ボタンを押した。
ゴミを持って帰れというだけかもしれないが、レオナからメッセージが来たという事実に頬から首まで熱くなる。
どうしてこんなに嬉しくなってしまうのか。
自分でも不思議に思うが、揺れる尻尾は止められない。
早く放課後が来てほしいと願った。
こんなに時間が遅く進むのは初めてのことかもしれない。
授業中、じれじれと時計を眺めて、ゆったりと動く分針に苛立っていた。終わった瞬間、教科書やノートを鞄に突っ込み、鏡舎まで一目散に走り、鏡に飛び込んだ。寮についてからも談話室を素通りして、真っ直ぐレオナの部屋へ駆け込む。
「おお……ここはトイレじゃねえぞ」
腹が痛いなら外だ、と目を丸くしたレオナが窓の外を指差した。
「あ、いや……ノック忘れてました」
肩で息をしながらジャックは一旦部屋を出て、ドアを叩いてもう一度入った。
「律儀なこった」
「あと、トイレは窓の外にないっす」
「冗談だろ」
汗をハンカチで拭い、ベッドに座るレオナを見下ろした。
「えっと、その。メッセージが嬉しくてうっかり走っちまいました」
なんて言い訳しようか一瞬考え、そのまま話してしまえと正直になった。
「うっかりってレベルの走りじゃなさそうだが。足音が響いてたぞ」
「すんません、つい」
たしなめられても、まだ高揚感は続き、そわそわと落ち着かない。しきりに手を揉み、部屋のあちこちを見て、用件を聞こうか、言い出すまで待とうか迷う。
そんなジャックをレオナは目を細めて眺めている。
その視線に気づき、瞬間ジャックの体中がくすぐったくなった。
どうしてそんな目で見てくるのか、早く話してくれないとどうにかなってしまいそうだ。
唇を噛み、爪先で床を擦り、唇を舐め、ブレザーの裾を意味もなく伸ばした。
しばらくそうしていると、レオナが噴き出した。
「な、なんなんすか」
「すげえ面白い。もじもじしやがってよ」
「別に、そんなんしてません。で、俺を呼び出した理由はなんすか」
恥ずかしくて、ついつっけんどんな言い方をしてしまう。
「はいはい。これ、開けてみろ」
レオナがベッドの枕元に置いてあった箱を渡してくる。
何かと思えば、ジャックが昨日置いてきてしまったアドベントカレンダーだった。
ところどころ破れていたり歪んでいたはずなのに、きれいに直っている。
「これ……」
「いいから」
そう言うのなら、と十番目の引き出しをそっと開ける。
途端に中から小さな爆発音と共に火花が散り、引き出しから飛び出した光が天井へ昇っていく。
「うわ!」
仰け反りながら光を目で追っていくと、発砲音にも似た音を立て、天井付近で鮮やかな花の形に弾けた。
「花火だ……」
あんぐりと口を開け、ジャックは次々に展開される花火を見つめていた。
色とりどりの大輪の花が部屋中に散らばる。
レオナが指を鳴らすと照明が消え、より輝きを放ち始めた。
「こっち来いよ」
ぽかんと突っ立ったままのジャックの手をレオナが引き、ベッドに座らせる。そしてジャックの肩を軽く押して仰向けに倒した。
突然のレオナの行動に何も対応できず、されるがままになっていたが、天井を見上げて理解した。
ベッドに寝転がって見る花火は、一層美しく感じた。
隣にレオナが横たわる気配がする。
「すごい……これ、先輩が仕掛けたんですか」
「ああ。まだ半分も開けてなかったのに終わらせるのは惜しかったからな。何も自分で作ったらいけないってモンじゃない」
「すっげえきれいだ」
「喜んでもらえて何よりだ」
レオナの小さな笑い声が聞こえた。
「それじゃ……明日も開けに来ていいんすか」
「ああ。と言いたいところだが」
もったいぶって一旦そこで言葉を止める。
まさか今日限りで明日からはなし、なんてことはないだろうとジャックは大人しく続きを待った。
「明日の分はお前が作れ」
「えっ」
「菓子でもいいし、ちょっとしたびっくり箱みたいな魔法でもいい。そうしたら明後日の分は俺がまた何かを引き出しに入れる」
首を回し、花火からレオナへ目を移す。
レオナの唇は笑っているが、目はいたって真剣だった。
「毎日、俺とレオナ先輩で?」
「そう、俺とお前で」
確かめるように呟くと、レオナが繰り返す。
ジャックの頬はたちまち緩み、熱を持ち始めた。
体ごとレオナのほうへ向け、真っ直ぐに見据える。
「約束っすよ」
「俺が言い出したことだ」
「うわあ、すっげえ嬉しいです。購買で買ったアドベントカレンダーを開けるよりワクワクします」
感情を抑えきれず、ジャックは笑った。
「花火を閉じ込めるみたいな高度な魔法は使えないけど……頑張ります」
「なんでもいいんだ。お前のとっておきを入れてくれ」
微笑みを浮かべたレオナは、手を伸ばしてジャックの髪を掻き回した。
ジャックは何にしようか考えを巡らせながら、形ばかりの抵抗をする。
部屋を埋め尽くす花火たちは、咲いて散ってはまた咲き、ぼんやりと辺りを照らしていた。
Twitter投稿2024.12.17
レオジャク
,
アドベントカレンダー2024
,
SS
2026.1.15
No.36
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ジャックは空虚を抱えていた。
怒りは既になく、レオナと時間を共有する機会が失われたことが、ただ惜しくて堪らなかった。
レオナもアドベントカレンダーを失ったことを残念に思ってくれていたことだけが、救いだった。
とはいえ、代替案を示されることもなく、ジャックから提案することもなく、昨夜はあれから夕飯を食べてそれぞれの部屋へと戻った。
今日からどうすればいいのだろう。
どうするも何も、何もしないのだ。
朝も夜もレオナの部屋を訪れることなく、ただ毎日を今まで通り過ごすのみ。日常に戻るだけだった。
――そういえば、昨日レオナの部屋を訪れたときにアドベントカレンダーの残骸を置いてきてしまっていた。
もう捨てているか、捨てるのも面倒でベッドの下に放っているかのどちらかだろうが。さすがにゴミをレオナの部屋に置きっぱなしにするわけにはいかない。
休み時間、ジャックはスマホを取り出してレオナとのメッセージ欄を開く。
過去のトークは業務連絡ばかりが並んでいる。ハロウィンの準備だとか当日のシフトだとか、そういった報告を端的に送ると、レオナからは一言だけが返ってきていた。教師が探しているが今どこにいるのか聞くと、決まって返事はなかった。
必要性は低く、個人的な理由でメッセージを送るのは初めてだ。
ただ「アドベントカレンダーを取りに行ってもいいか」と送るだけなのに、その一文を送れないでいる。送信ボタンを押そうとして、何度もメッセージを削除する。
数分迷った末に、ジャックは諦めてメッセージアプリを落とした。
今送らなくても、学園内や寮内で顔を見かけたときに聞けばいいだけの話だ。
少し未練がましくスマホのホーム画面を眺めていると、メッセージアプリの通知が届いた。
なんだと見てみると、レオナからのメッセージだった。
慌ててアプリを開き直す。
『今日、部屋に来い』
それだけだった。
それだけの短い文章なのに、胸が苦しいくらいに高鳴り始めた。
『わかりました。放課後、行きます』
震える手で返事を打ち、息を吐きながら送信ボタンを押した。
ゴミを持って帰れというだけかもしれないが、レオナからメッセージが来たという事実に頬から首まで熱くなる。
どうしてこんなに嬉しくなってしまうのか。
自分でも不思議に思うが、揺れる尻尾は止められない。
早く放課後が来てほしいと願った。
こんなに時間が遅く進むのは初めてのことかもしれない。
授業中、じれじれと時計を眺めて、ゆったりと動く分針に苛立っていた。終わった瞬間、教科書やノートを鞄に突っ込み、鏡舎まで一目散に走り、鏡に飛び込んだ。寮についてからも談話室を素通りして、真っ直ぐレオナの部屋へ駆け込む。
「おお……ここはトイレじゃねえぞ」
腹が痛いなら外だ、と目を丸くしたレオナが窓の外を指差した。
「あ、いや……ノック忘れてました」
肩で息をしながらジャックは一旦部屋を出て、ドアを叩いてもう一度入った。
「律儀なこった」
「あと、トイレは窓の外にないっす」
「冗談だろ」
汗をハンカチで拭い、ベッドに座るレオナを見下ろした。
「えっと、その。メッセージが嬉しくてうっかり走っちまいました」
なんて言い訳しようか一瞬考え、そのまま話してしまえと正直になった。
「うっかりってレベルの走りじゃなさそうだが。足音が響いてたぞ」
「すんません、つい」
たしなめられても、まだ高揚感は続き、そわそわと落ち着かない。しきりに手を揉み、部屋のあちこちを見て、用件を聞こうか、言い出すまで待とうか迷う。
そんなジャックをレオナは目を細めて眺めている。
その視線に気づき、瞬間ジャックの体中がくすぐったくなった。
どうしてそんな目で見てくるのか、早く話してくれないとどうにかなってしまいそうだ。
唇を噛み、爪先で床を擦り、唇を舐め、ブレザーの裾を意味もなく伸ばした。
しばらくそうしていると、レオナが噴き出した。
「な、なんなんすか」
「すげえ面白い。もじもじしやがってよ」
「別に、そんなんしてません。で、俺を呼び出した理由はなんすか」
恥ずかしくて、ついつっけんどんな言い方をしてしまう。
「はいはい。これ、開けてみろ」
レオナがベッドの枕元に置いてあった箱を渡してくる。
何かと思えば、ジャックが昨日置いてきてしまったアドベントカレンダーだった。
ところどころ破れていたり歪んでいたはずなのに、きれいに直っている。
「これ……」
「いいから」
そう言うのなら、と十番目の引き出しをそっと開ける。
途端に中から小さな爆発音と共に火花が散り、引き出しから飛び出した光が天井へ昇っていく。
「うわ!」
仰け反りながら光を目で追っていくと、発砲音にも似た音を立て、天井付近で鮮やかな花の形に弾けた。
「花火だ……」
あんぐりと口を開け、ジャックは次々に展開される花火を見つめていた。
色とりどりの大輪の花が部屋中に散らばる。
レオナが指を鳴らすと照明が消え、より輝きを放ち始めた。
「こっち来いよ」
ぽかんと突っ立ったままのジャックの手をレオナが引き、ベッドに座らせる。そしてジャックの肩を軽く押して仰向けに倒した。
突然のレオナの行動に何も対応できず、されるがままになっていたが、天井を見上げて理解した。
ベッドに寝転がって見る花火は、一層美しく感じた。
隣にレオナが横たわる気配がする。
「すごい……これ、先輩が仕掛けたんですか」
「ああ。まだ半分も開けてなかったのに終わらせるのは惜しかったからな。何も自分で作ったらいけないってモンじゃない」
「すっげえきれいだ」
「喜んでもらえて何よりだ」
レオナの小さな笑い声が聞こえた。
「それじゃ……明日も開けに来ていいんすか」
「ああ。と言いたいところだが」
もったいぶって一旦そこで言葉を止める。
まさか今日限りで明日からはなし、なんてことはないだろうとジャックは大人しく続きを待った。
「明日の分はお前が作れ」
「えっ」
「菓子でもいいし、ちょっとしたびっくり箱みたいな魔法でもいい。そうしたら明後日の分は俺がまた何かを引き出しに入れる」
首を回し、花火からレオナへ目を移す。
レオナの唇は笑っているが、目はいたって真剣だった。
「毎日、俺とレオナ先輩で?」
「そう、俺とお前で」
確かめるように呟くと、レオナが繰り返す。
ジャックの頬はたちまち緩み、熱を持ち始めた。
体ごとレオナのほうへ向け、真っ直ぐに見据える。
「約束っすよ」
「俺が言い出したことだ」
「うわあ、すっげえ嬉しいです。購買で買ったアドベントカレンダーを開けるよりワクワクします」
感情を抑えきれず、ジャックは笑った。
「花火を閉じ込めるみたいな高度な魔法は使えないけど……頑張ります」
「なんでもいいんだ。お前のとっておきを入れてくれ」
微笑みを浮かべたレオナは、手を伸ばしてジャックの髪を掻き回した。
ジャックは何にしようか考えを巡らせながら、形ばかりの抵抗をする。
部屋を埋め尽くす花火たちは、咲いて散ってはまた咲き、ぼんやりと辺りを照らしていた。
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