これはおいしいお寿司
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No.42
アドベントカレンダー2024
-16日目
互いの吐き出した息を吸い込んでしまう距離だった。
わずかに潤んだ瞳も、唇に触れる空気の温度も、頬に添えられた手も、すべて覚えている。
瞼を閉じると、左目の傷が一直線につながることに今更気づいた。
その古い傷に触れたいという強い衝動に襲われ、手を伸ばした。
だが、すぐ我に返り、一瞬前の自分を恐れた。
一体何をしようとしていたのか、自分のことが信じられない。
ジャックは感じたことのない衝動に、非常に動揺していた。
だから、仕方ないことだった。
唇と唇が触れ合う直前で、レオナを突き飛ばし、そのまま自室まで逃げ帰ってしまったのは。
一昨日、昨日と逃げ出した事実は同じなのに、気持ちがまるで違っていた。
昨日は自分の不機嫌がどこから来ているのかわからなくて、結果八つ当たりをした。
今はレオナの気持ちがわからなくて、部屋にこもってベッドの上で頭を抱えている。
ジャックはそっと自分の唇を指でなぞる。
あれはどう考えてもキスだった。
危うく場の雰囲気に流されて、自分の感情がはっきりする前に一線超えてしまうところだった。
ファーストキスというものは、心に決めた人に思いを告げて、相手の気持ちも確かめた上で、ここぞというときにいいムードの中でやるものである。花束があればなおいい。できれば屋上とか校舎裏とか、二人っきりを味わえる場所がいい。それと、レモンの味にするために事前にカフェに寄ってレモンパフェだとかそういった類のものを食べたい。
あんな、ベッドの上でドライフルーツで揉めて、告白もなしにするものではない。
キスされる理由だってない。
レオナに好かれているということだろうか。
ジャックは毛布に包まって悶々とする。
好かれているかもしれないということより、あのレオナが人を好きになる可能性があることのほうが信じられない。
本心を晒しきっているようで、心の奥底に押し殺していたり、人を信頼するという発想がそもそもなさそうなのに。
そして、自分はレオナのことをどう思っているのか。
昨日のキス未遂事件は、嫌ではなかった、と思う。逃げ出してしまったのも、自分の感情に驚いたせいであって、レオナの顔が近くにあるのが不快だったからではない。多分。
もしあのまま時間が流れていたら。
ジャックは無意識に唇を触る。
唇は少し乾燥して、皮がめくれているところが指に引っかかった。
レオナの唇はどんな感触だろう。
乾燥知らずの滑らかで、少し冷たくて柔らかで。
じっとりと嫌な汗が全身に湧き出た。
なんてことを妄想しているのか。
毛布に包まったまま、ベッドの上を左右に転がる。
恥ずかしくてたまらない。
まだレオナの気持ちを聞いてすらいないのに、昨日のたった一分程度の出来事で盛り上がりすぎてしまった。
そもそもレオナのことを好きということでいいのだろうか。
キスが嫌じゃないなら好きというのも安直すぎるし、仮に両想いで付き合うことになったらそのまま生涯を共にできるだろうか。
地元で懇々と言い聞かせられてきた狼の獣人属の恋愛観により、ジャックは「好き」の一言を簡単に考えられなかった。
将来を誓えないのなら、今だけ両想いでも意味がない。
自分にもレオナにも、未来を約束する覚悟があるのか確かめなくてはいけない。
多分……多分、レオナと一生涯共にできる気がする……が、それが恋愛感情からくるものかはわからない。それに、気がする程度の覚悟では駄目だ。
レオナはどうだろうか。聞くべきか。いや、聞かないことには始まらない。
ジャックは毛布を蹴飛ばし、手早く畳んで部屋を出た。
そうと決めたらすぐ行動する。
この行動力こそがジャックの強さでもあった。
ノックもそこそこに、レオナの部屋のドアを開ける。
「先輩って俺のこと好きなんですか」
「なん……い……は?」
徹夜でもしたかのような、酷い顔色で寝転んでいたレオナが、ぽかんと口を開けている。
「ジャック、今、は? なに?」
「レオナ先輩って目見開くと、瞳がすっげえちっちゃく見えるんすね」
「は? 目? 何が?」
突然部屋に飛び込んできたジャックの、脈絡のない言葉にレオナは目を白黒させていた。
「昨日のこと、忘れたんすか?」
「や、まさか。でも、お前がそのテンションで来ると思ってねえだろ。ビビるわ」
冷静さを取り戻したレオナは、こめかみを抑えてため息をついた。
「このテンションの俺は嫌いっすか」
「嫌いじゃねえよアホ」
「じゃあ好きってことっすか」
「好きってことだな」
「……なるほど」
「ア待って間違えた。今のなし、やり直させろ」
「は? 好きなのなしなんすかじゃあ嫌いってことですか」
「そこじゃねえよ一回黙って三十秒前に戻してくれ」
「時間を戻せるわけじゃないですか。それは禁忌だって授業で習いましたけど、先輩知らないんですか?」
「この流れでどうして俺が馬鹿にされなくちゃいけないのか、さっぱりわからねえよ」
レオナはもう一度ため息をついた。
ジャックはレオナの言葉をまるで理解できていなかった。
「いや、だから。お前のことは好きだがもう少しムードってモンがあるだろ」
「先輩には言われたくねえっすけど」
「きちんと状況を作ってから言いたかったのに、話の流れで告白するのはさすがにねえよ」
「その場の雰囲気でキスしようとしてきた人が言うことなんすか」
ジャックがそう言うと、レオナは呻いてベッドに仰向けに倒れた。ジャックはベッド脇に立ったまま、見下ろす。
「あれは……いや、お前のことを考えずに悪かったな。嫌だったんだろ」
「嫌とは言ってないっすけど」
「気遣わなくていいぞ」
レオナは自分の腕で目を隠し、素っ気なく言った。素っ気なく聞こえるように感じられた。
「いろいろ考えたんですけど。先輩が俺のこと好きで、俺も先輩のことが好きだったら死ぬまで縛り付けますけど、それでもいいですか?」
「なんだそれ」
ゆっくりと腕を外し、レオナは訝しげな目をジャックに向けた。
「狼の獣人属はそれくらい恋愛に真剣ってことっす」
「俺も真剣だが、将来のことまでは考えねえよ。喧嘩して別れることもあるだろ」
「それでも、この人と決めたら一生添い遂げます。できないなら付き合えません」
「俺たちまだ若いだろ。重すぎんだろ。でも、今の俺はお前しかいないって思ってるが」
「その場しのぎで言うのはなしです。何があっても絶対ほかの人に浮気しないって誓えるんですか」
「おう、誓う誓う」
あまりにも軽い誓いにジャックは信用ならないと思ったが、一旦言葉通りに受け取ることにした。
「わかりました。先輩は真剣に俺のことが好き、と」
「ああ。それで、お前は?」
気づけば、ジャックを見るレオナの目に熱がこもっていた。
目を逸らすことができず、ジャックは少したじろいだ。しかし、気合いを入れ直してレオナの目を見返す。
「俺は、わかりません」
「俺には好きか嫌いか迫っておきながら?」
「先輩の気持ちも俺の気持ちもはっきりさせておかないと、返事ができないんで」
「それで?」
レオナはゆっくりと身を起こして立ち上がり、じりじりとジャックに近づいていく。
「キスは、多分嫌じゃなかった」
「じゃあ今やっても?」
レオナの手がジャックの顎にかかった。
払いのけられない。
「そ、それは駄目です。順番が違います」
流されまいと、ジャックは爪を立てて手のひらを握りしめた。痛みが理性を引き留めてくれる。
「普通は両想いになって、付き合ってからキスするものです」
「順番なんかどうでもいい、と言いたいところだが、ここで押し切ったら嫌われちまいそうだ」
レオナの手が名残惜しそうに離れ、ジャックは安堵のため息をついた。
「――で、アドベントカレンダーは開けていくか?」
「開けます開けます」
レオナはベッドに座り直し、隣をぽんと叩いた。
少し躊躇ったが、ジャックは隣に座った。
いつもレオナの隣でどう息を吸っていたか覚えていない。
変な汗が出る。
「あ……じゃあ、開けますね」
手のひらをズボンで拭って、少し震える手で引き出しを開けた。
ケーキの甘い香りと酒の香りが広がる。
「麓のカフェが昨日限定で購買部にケーキを卸していたから、買ってきた。これが結構うまい」
レオナ好みの味だと聞き、少し緊張しながら口に入れる。
ふんわりとした柔らかなスポンジ、控えめな甘さ、上品に香る酒はなんというか。
「高そうな味っすね」
「子どもにはまだ早いか?」
「子ども扱いしないでください」
話しているうちに、喉が焼け付くように熱くなり、頭もくらくらしてきた。
「なんかこの部屋、熱くないっすか?」
「普通だが。また風邪引いたか?」
レオナの手が額にぺたりと貼り付く。
「熱はないんすけど、ちょっとふわふわするような」
「……あーお前、酒駄目だったか?」
「飲んだことないんでわからないですけど、これが酔うってことですか?」
「多分。ケーキ一切れで酔う奴は初めて見たが」
すっかり酩酊したジャックは、なんとなく愉快な気持ちになってへらへらと笑った。
「先輩って、俺のどこが好きなんですか?」
「うわ完全に回ってるじゃねえか。最悪だ。そういうのはシラフのときに聞くべきだろ」
嫌そうな顔をするレオナに近づいてみると、押し返された。
「好きって言ったのに酷いっす」
「好きだから酔っ払ってるときには相手したくねえんだよ」
「ええ、先輩俺のこと好きなんですか?」
頭の中でレオナの好きという言葉だけがぐるぐると巡っている。
ジャックの気分は今までにないくらい最高だ。
「先輩に好きって言ってもらえるのいいですね。もっかい言ってください」
「お前が俺のことを好きになったらまた言ってやるよ」
「好きかわかんないっすけど、せんぱい、俺とキスしてみませんか」
「やめろやめろ俺の理性を試すなこら」
レオナの肩に手を置いてみると、面白いくらいに動揺している。
「せんぱいってリップ何使ってますか? なんかあの、薬用のやつですか? 普通のやつですか? チューブのやつですか?」
「こわいこわいこわいこわい」
レオナの唇の感触を確かめようと手を伸ばし、そこでジャックの意識は暗転した。
Twitter投稿2024.12.26
レオジャク
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アドベントカレンダー2024
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2026.1.15
No.42
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わずかに潤んだ瞳も、唇に触れる空気の温度も、頬に添えられた手も、すべて覚えている。
瞼を閉じると、左目の傷が一直線につながることに今更気づいた。
その古い傷に触れたいという強い衝動に襲われ、手を伸ばした。
だが、すぐ我に返り、一瞬前の自分を恐れた。
一体何をしようとしていたのか、自分のことが信じられない。
ジャックは感じたことのない衝動に、非常に動揺していた。
だから、仕方ないことだった。
唇と唇が触れ合う直前で、レオナを突き飛ばし、そのまま自室まで逃げ帰ってしまったのは。
一昨日、昨日と逃げ出した事実は同じなのに、気持ちがまるで違っていた。
昨日は自分の不機嫌がどこから来ているのかわからなくて、結果八つ当たりをした。
今はレオナの気持ちがわからなくて、部屋にこもってベッドの上で頭を抱えている。
ジャックはそっと自分の唇を指でなぞる。
あれはどう考えてもキスだった。
危うく場の雰囲気に流されて、自分の感情がはっきりする前に一線超えてしまうところだった。
ファーストキスというものは、心に決めた人に思いを告げて、相手の気持ちも確かめた上で、ここぞというときにいいムードの中でやるものである。花束があればなおいい。できれば屋上とか校舎裏とか、二人っきりを味わえる場所がいい。それと、レモンの味にするために事前にカフェに寄ってレモンパフェだとかそういった類のものを食べたい。
あんな、ベッドの上でドライフルーツで揉めて、告白もなしにするものではない。
キスされる理由だってない。
レオナに好かれているということだろうか。
ジャックは毛布に包まって悶々とする。
好かれているかもしれないということより、あのレオナが人を好きになる可能性があることのほうが信じられない。
本心を晒しきっているようで、心の奥底に押し殺していたり、人を信頼するという発想がそもそもなさそうなのに。
そして、自分はレオナのことをどう思っているのか。
昨日のキス未遂事件は、嫌ではなかった、と思う。逃げ出してしまったのも、自分の感情に驚いたせいであって、レオナの顔が近くにあるのが不快だったからではない。多分。
もしあのまま時間が流れていたら。
ジャックは無意識に唇を触る。
唇は少し乾燥して、皮がめくれているところが指に引っかかった。
レオナの唇はどんな感触だろう。
乾燥知らずの滑らかで、少し冷たくて柔らかで。
じっとりと嫌な汗が全身に湧き出た。
なんてことを妄想しているのか。
毛布に包まったまま、ベッドの上を左右に転がる。
恥ずかしくてたまらない。
まだレオナの気持ちを聞いてすらいないのに、昨日のたった一分程度の出来事で盛り上がりすぎてしまった。
そもそもレオナのことを好きということでいいのだろうか。
キスが嫌じゃないなら好きというのも安直すぎるし、仮に両想いで付き合うことになったらそのまま生涯を共にできるだろうか。
地元で懇々と言い聞かせられてきた狼の獣人属の恋愛観により、ジャックは「好き」の一言を簡単に考えられなかった。
将来を誓えないのなら、今だけ両想いでも意味がない。
自分にもレオナにも、未来を約束する覚悟があるのか確かめなくてはいけない。
多分……多分、レオナと一生涯共にできる気がする……が、それが恋愛感情からくるものかはわからない。それに、気がする程度の覚悟では駄目だ。
レオナはどうだろうか。聞くべきか。いや、聞かないことには始まらない。
ジャックは毛布を蹴飛ばし、手早く畳んで部屋を出た。
そうと決めたらすぐ行動する。
この行動力こそがジャックの強さでもあった。
ノックもそこそこに、レオナの部屋のドアを開ける。
「先輩って俺のこと好きなんですか」
「なん……い……は?」
徹夜でもしたかのような、酷い顔色で寝転んでいたレオナが、ぽかんと口を開けている。
「ジャック、今、は? なに?」
「レオナ先輩って目見開くと、瞳がすっげえちっちゃく見えるんすね」
「は? 目? 何が?」
突然部屋に飛び込んできたジャックの、脈絡のない言葉にレオナは目を白黒させていた。
「昨日のこと、忘れたんすか?」
「や、まさか。でも、お前がそのテンションで来ると思ってねえだろ。ビビるわ」
冷静さを取り戻したレオナは、こめかみを抑えてため息をついた。
「このテンションの俺は嫌いっすか」
「嫌いじゃねえよアホ」
「じゃあ好きってことっすか」
「好きってことだな」
「……なるほど」
「ア待って間違えた。今のなし、やり直させろ」
「は? 好きなのなしなんすかじゃあ嫌いってことですか」
「そこじゃねえよ一回黙って三十秒前に戻してくれ」
「時間を戻せるわけじゃないですか。それは禁忌だって授業で習いましたけど、先輩知らないんですか?」
「この流れでどうして俺が馬鹿にされなくちゃいけないのか、さっぱりわからねえよ」
レオナはもう一度ため息をついた。
ジャックはレオナの言葉をまるで理解できていなかった。
「いや、だから。お前のことは好きだがもう少しムードってモンがあるだろ」
「先輩には言われたくねえっすけど」
「きちんと状況を作ってから言いたかったのに、話の流れで告白するのはさすがにねえよ」
「その場の雰囲気でキスしようとしてきた人が言うことなんすか」
ジャックがそう言うと、レオナは呻いてベッドに仰向けに倒れた。ジャックはベッド脇に立ったまま、見下ろす。
「あれは……いや、お前のことを考えずに悪かったな。嫌だったんだろ」
「嫌とは言ってないっすけど」
「気遣わなくていいぞ」
レオナは自分の腕で目を隠し、素っ気なく言った。素っ気なく聞こえるように感じられた。
「いろいろ考えたんですけど。先輩が俺のこと好きで、俺も先輩のことが好きだったら死ぬまで縛り付けますけど、それでもいいですか?」
「なんだそれ」
ゆっくりと腕を外し、レオナは訝しげな目をジャックに向けた。
「狼の獣人属はそれくらい恋愛に真剣ってことっす」
「俺も真剣だが、将来のことまでは考えねえよ。喧嘩して別れることもあるだろ」
「それでも、この人と決めたら一生添い遂げます。できないなら付き合えません」
「俺たちまだ若いだろ。重すぎんだろ。でも、今の俺はお前しかいないって思ってるが」
「その場しのぎで言うのはなしです。何があっても絶対ほかの人に浮気しないって誓えるんですか」
「おう、誓う誓う」
あまりにも軽い誓いにジャックは信用ならないと思ったが、一旦言葉通りに受け取ることにした。
「わかりました。先輩は真剣に俺のことが好き、と」
「ああ。それで、お前は?」
気づけば、ジャックを見るレオナの目に熱がこもっていた。
目を逸らすことができず、ジャックは少したじろいだ。しかし、気合いを入れ直してレオナの目を見返す。
「俺は、わかりません」
「俺には好きか嫌いか迫っておきながら?」
「先輩の気持ちも俺の気持ちもはっきりさせておかないと、返事ができないんで」
「それで?」
レオナはゆっくりと身を起こして立ち上がり、じりじりとジャックに近づいていく。
「キスは、多分嫌じゃなかった」
「じゃあ今やっても?」
レオナの手がジャックの顎にかかった。
払いのけられない。
「そ、それは駄目です。順番が違います」
流されまいと、ジャックは爪を立てて手のひらを握りしめた。痛みが理性を引き留めてくれる。
「普通は両想いになって、付き合ってからキスするものです」
「順番なんかどうでもいい、と言いたいところだが、ここで押し切ったら嫌われちまいそうだ」
レオナの手が名残惜しそうに離れ、ジャックは安堵のため息をついた。
「――で、アドベントカレンダーは開けていくか?」
「開けます開けます」
レオナはベッドに座り直し、隣をぽんと叩いた。
少し躊躇ったが、ジャックは隣に座った。
いつもレオナの隣でどう息を吸っていたか覚えていない。
変な汗が出る。
「あ……じゃあ、開けますね」
手のひらをズボンで拭って、少し震える手で引き出しを開けた。
ケーキの甘い香りと酒の香りが広がる。
「麓のカフェが昨日限定で購買部にケーキを卸していたから、買ってきた。これが結構うまい」
レオナ好みの味だと聞き、少し緊張しながら口に入れる。
ふんわりとした柔らかなスポンジ、控えめな甘さ、上品に香る酒はなんというか。
「高そうな味っすね」
「子どもにはまだ早いか?」
「子ども扱いしないでください」
話しているうちに、喉が焼け付くように熱くなり、頭もくらくらしてきた。
「なんかこの部屋、熱くないっすか?」
「普通だが。また風邪引いたか?」
レオナの手が額にぺたりと貼り付く。
「熱はないんすけど、ちょっとふわふわするような」
「……あーお前、酒駄目だったか?」
「飲んだことないんでわからないですけど、これが酔うってことですか?」
「多分。ケーキ一切れで酔う奴は初めて見たが」
すっかり酩酊したジャックは、なんとなく愉快な気持ちになってへらへらと笑った。
「先輩って、俺のどこが好きなんですか?」
「うわ完全に回ってるじゃねえか。最悪だ。そういうのはシラフのときに聞くべきだろ」
嫌そうな顔をするレオナに近づいてみると、押し返された。
「好きって言ったのに酷いっす」
「好きだから酔っ払ってるときには相手したくねえんだよ」
「ええ、先輩俺のこと好きなんですか?」
頭の中でレオナの好きという言葉だけがぐるぐると巡っている。
ジャックの気分は今までにないくらい最高だ。
「先輩に好きって言ってもらえるのいいですね。もっかい言ってください」
「お前が俺のことを好きになったらまた言ってやるよ」
「好きかわかんないっすけど、せんぱい、俺とキスしてみませんか」
「やめろやめろ俺の理性を試すなこら」
レオナの肩に手を置いてみると、面白いくらいに動揺している。
「せんぱいってリップ何使ってますか? なんかあの、薬用のやつですか? 普通のやつですか? チューブのやつですか?」
「こわいこわいこわいこわい」
レオナの唇の感触を確かめようと手を伸ばし、そこでジャックの意識は暗転した。
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