これはおいしいお寿司

No.43

アドベントカレンダー2024

-17日目

 ジャックが目を開けると見慣れた天井が目に入った。
 昨日、アドベントカレンダーを開けてケーキを食べたところまでは覚えている。
 そのあと、やたら頭がふわふわして、今自室のベッドの上で目が覚めたところだ。
 まったく記憶がないことに、焦りを覚える。
 何かやらかしてしまってはないだろうか。
 時計を見るといつも起床する時間より、少し早いくらいだった。
 アラームをキャンセルして体を起こす。
 長時間寝ていたせいか、なんとなく怠い。
 だが、日課をやめる理由にはならないので今日も外へ走りに出る。
 冷たい空気が眠った体を目覚めさせた。
 今日も一日が始まる。

 正直、もうアドベントカレンダーに入れられる物はない。
 どれだけ悩もうと、特別でとっておきの一品は特別でとっておきだからこそ数少ないのだ。あれもこれも選べるのなら、とっておきではない。
 とびきりの仕掛けも、頑張って魔法をかけたところでレオナを驚かせることは難しい。
 故郷の菓子は見慣れすぎていて、レオナが食べたことがあるかどうか判断ができず、これ以上選ぶのは厳しかった。
 人のために選ぶのがこんなに難しいと、初めて知った。
 当初は楽しかったのに、今はあれも駄目これも駄目と何も決められず、時間が過ぎるのが恐ろしい。
 それもこれも、レオナに好きと言われたせいだ。
 ジャックはまだ自分の気持ちを探っている途中ではあるが、それでも変な物を選んで失望されることを怖がってしまっていた。好きじゃなければどう思われようと構わないのに、物一つ選ぶだけでレオナの気持ちが変わってしまうのではないかと、臆病になっている。
 ほぼ答えが出ているようなものだが、それをレオナに伝えていいとは思えなかった。
 あんな、軽く好きだと言える人に、何倍も重い好きを伝えたところで虚しくなるだけだ。普通の人のように好きの二文字で恋愛を楽しめたらよかったのに、十六年間培ってきた常識がそれを許さなかった。
 図書室にも購買部にも行く気になれず、昼休みは中庭をぶらついて過ごしていた。
 きっとレオナのことが好きだと思う。
 だが、その重さが重なるとは到底思えなかった。
 レオナは見るからに人に対して執着がなく、悪意がなければ来る者を拒まず、そのうち恋愛感情を持つ者を何人も許してしまいそうだ。それを咎めても、文化の違いだとか、そんな真面目な気持ちじゃなかったと言われたら終わってしまう。去る人に追いすがるような真似はしたくなかった。
 前を歩く生徒が何かを落とした。
 シンプルな指輪だ。
 何も考えず拾い、生徒に渡す。
「ありがとう。これ、大切なものだから助かった」
「そうか」
「今年の一月に友だちと遊んだときなんだけど――」
 見ず知らずの生徒は、何も聞いていないのに勝手に話し始めた。興味はなかったが、ジャックは律儀に最後まで聞いた。
「話しすぎた、ごめんな。じゃあ」
「いや……いい話を聞かせてもらった。ありがとな」
 結局、図書室にも購買部にも行くことになりそうだ。

 息をゆっくり吐き、ノックをしてレオナの部屋に入った。
「先輩、あの」
 レオナは頬杖をついてベッドに横になっていた。ジャックを一瞥し、なんとも形容しがたい声をもらして鷹揚に頷いた。昨日、本当にこのレオナに告白されたのだろうか。
「昨日、部屋に運んでくれたのって先輩ですよね。迷惑掛けてしまってすみませんでした」
 どぎまぎしながらきっちりと頭を下げ、レオナを窺うと微妙な顔をしていた。怒ってはなさそうだ。が、ジャックのことを好きだと雄弁に語っていたあの目はなかった。
「どこまで覚えてるんだ?」
「その……ケーキを食べたあたりでなんか眠くなっちまって」
「だよなあ……」
 レオナは深いため息をついて、上体を起こした。
「そんなことだと思ったぜ。昨日のことは気にすんな。お前はケーキ食べてすぐ爆睡しやがっただけだからな」
 何かとんでもないことをやらかしたわけではないとわかり、ジャックは胸を撫で下ろした。
 以前と変わらないレオナにほんの少し寂しさを覚えるが、返事をしなかったジャックに何かを言う資格はないだろう。
「それだけでしたか。よかった」
 レオナはもう一度ため息をついた。
「そんで――今日は何を入れてきたんだ?」
 ジャックが抱えたアドベントカレンダーを受け取ろうと、手を差し出してきた。ジャックは大人しくその手に箱を載せる。
「開けてみてください」
「これは人形か? 珍しいな」
 レオナが引き出しから取り出したのは小さな陶器の人形だった。
 以前出てきた変な顔のサンタより繊細な作りをしている。
「これをホールケーキに入れて焼く国があるらしいんです。それで、ケーキを切り分けて、人形が入ったピースを食べた人はその年一年幸せに過ごせると言われているとかで」
 図書室で読んだ逸話の中には、引き当てた人は王になれるというものもあった。
 幸せに過ごしてほしいという願いの裏に、ただの言い伝えだとしても王を望むのなら叶ってほしいと勝手な思いを込めていた。
「そうか。一年と言わず、これを持っている限りずっと幸せでいられそうだ」
 指先で人形を優しく撫でるレオナの表情は今まで見てきた中で、一番穏やかだった。
「こんな俺の幸せを願ってくれるとはな」
「俺はいつでも先輩の幸せを願ってますけど」
「ありがとよ」
 ジャックの言葉を信じているようには見えなかった。
「俺はな、お前が俺のことを好きと言わなくても、付き合うことがこの先なくてもいいと思ってる」
 誰かに聞かせるのではなく、思考を整理するために言葉に出しているようにレオナは呟いた。
「俺がお前を好いてるということが大事だからな」
 それは自身に言い聞かせているようでもあった。
「ゆっくり考えて、それで俺をまだ目指しているっていうなら、好きじゃなくてもそばにいてくれたら」
 穏やかで、それでいて疲れきった横顔にジャックは何も言えなかった。
 感情の重さが違うと決めつけて、返事をしないでいるのは誠実さから遠いところにあると感じた。
 かといって、すぐに答えを出せるものでもなかった。
 今の気持ちがジャックと同じくらい重くても、将来離れてしまう可能性があるだけで、躊躇うには充分だった。
 慎重に考えて、悩みに悩んで一生を預けられる人でないと嫌なのに、それをレオナに押しつけることはしたくない。
 ジャックは何を言おうか口をぱくぱくさせて。
「明日……先輩が何を選ぶか楽しみにしてます」
 無難な言葉をかけることしかできなかった。
 明日も今日と同じようにレオナの幸せを願っていると、言葉に出せない思いを込めた。

 

 

Twitter投稿2024.12.27

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