これはおいしいお寿司

No.48

アドベントカレンダー2024

-22日目

 日中はずっと弟と妹に付き合って近所の坂道をソリで滑ったり、雪で巨大な像を造って写真を撮ったりして過ごしていた。
 家に帰り夕飯を食べ、遊び疲れた二人がジャックにもたれて眠り始めたので、二人をそっと担いでベッドに寝かせてやった。
 あどけない表情でぐっすりと眠っているのを確認してから自室に戻る。
 一日中外にいたから箱は確認できなかったが、スマホに通知は来ていないからまだレオナからは何も届いていないと思われる。
 蓋を開け、中が空であることを確認した。
 日付が変わるまであと三時間。ジャックはもうすぐ寝る時間だ。
 きっとレオナは実家でやることが多いから、忘れてしまっているのだろう。
 なんてったって王子だ。腐っても王子。
 ジャックには想像もつかない仕事が山ほどあるに違いない。
 宿題と寝る前のストレッチをやりながら、何度も時計とスマホと箱に目をやったが、ベッドに入るまでうんともすんとも言わなかった。
 おやすみのメッセージを送るべきか迷った。
 一日連絡をしないだけで、大雪の日の窓ガラスのような冷たさが胸の奥底に感じる。
 もういいや、と部屋の照明を落としたそのとき、スマホのバイブが唸った。
 バイブの音は長い。
 電話だ。
 ジャックは飛び起きて着信相手も確かめずに電話に出た。
『寝た? 寝ちまった? わるい、遅くなった』
 慌てた電話口の声に、思わず笑いが込み上げてきた。
「寝るか迷っていたところっす」
『だよなあ。電話するか迷ってたんだが、ギリ起きてることに賭けた』
「賭けに勝ってよかったですね」
『ほんとだまったく。待ってろ、今そっちに送る――届いたか?』
 電話の向こうでドタバタ音がしたかと思うと、ジャックの手元の箱が淡く光った。
「来ました。開けますね」
 間接照明を点けてゆっくりと蓋を開けると、白くて弾力のあるゼリー状のものがガラスの器に入っていた。
「これは……?」
 スプーンが添えられていることから、食べ物であるのは間違いない。
『これ作るのに時間がかかってよ。パンナコッタだ』
「先輩が作ったんすか? 料理できるんだ……」
『いや、できねえから時間食いまくった。クリームを固めるだけだから簡単だろうと思ったんだが、料理長曰く名もなき野菜炒めのほうがよほど簡単らしい。あんなに具材が入ってるのにな』
「ああ、スイーツは計量や火加減をミスったら一発アウトらしいっすからね。野菜炒めなら俺でもできるくらい簡単っすよ。切って炒めるだけっすから。今度作りましょうか?」
『野菜抜きなら』
「野菜炒めの野菜抜きなら、皿だけ出せばいいんすか」
『ああ言えばこう言うな』
「ははっ。先輩、これ食べていいっすか?」
『いいぞ……料理長が合格って言ったからそれなりの味にはなってるはずだ』
 レオナの聞いたことのない緊張を含んだ声に、背筋が伸びる。
 スプーンでつつくと、パンナコッタはぷるんと揺れた。
 一口すくい、口に運ぶ。
「うっま……」
 滑らかなクリームがとろけ、喉に流れる。
 濃い牛乳の香りが口の中で広がる。
 暖房の効いた部屋で、冷たいスイーツを食べる贅沢を味わう。
「めちゃくちゃおいしいっす。ありがとうございます!」
『そりゃよかった』
 安堵のため息がばっちりと聞こえた。
『まず火の使い方から教えてこようとするんだぜ。料理がろくすっぽできねえったって火くらい使えると言っても、コンロの点火方法からみっちり叩き込まれてよ。そんなに火を使わせたくないなら電子レンジでいいだろって言ったら、電子レンジこそ扱いが難しいから絶対触らせないと言い出すし。俺をなんだと思ってんだ』
「あー、牛乳は沸騰したらあっという間っすからね、電子レンジで爆発させるならまだ火にかけたほうがマシだと思ったんじゃないすか。小さい頃、ホットミルク作ろうと思ってマグカップに牛乳を入れてチンしたら、まあ大変なことになったんで」
『スイッチ一つでなんでもできる便利な機械だと思ったんだが、そんな感じなのか』
「先輩は一人でキッチンに立ったら駄目っすね」
『人に作らせるのが一番楽って話だな』
 話しながら食べていたら、いつの間にかすべてなくなってしまった。
「おいしかった……あ、歯磨かないと」
『寝る前に悪いな』
「いえ、こんな時間までありがとうございます」
 早く電話を切って寝なくてはと思うが、このゆったりとした時間が終わることが惜しくなってしまった。
「ちょっと待っててもらっていいですか、五分くらい」
『ああ』
 レオナの言葉を聞き、ジャックは洗面所まで飛んでいき、歯を素早く磨いて部屋に戻った。
「すみません、戻りました」
『おう。そんで、どうした?』
「もう少し話したかったので、歯を磨いてきました。先輩が眠くないなら、もうちょっといいすか?」
『何時間でも』
 ため息のような笑い声が耳に響いた。ぞくりとして、ベッドに潜り込んで毛布を肩までかけた。
 そこからはくだらない話ばかりをしていた。
 妹や弟と遊んだ内容、チェカに手を焼いていること、両親との会話の内容、頭の固い侍従長の話、学園長のバカンスの噂、国で見かけた生徒の様子、等々。
 レオナの落ち着いた声音は心を穏やかにして、緩やかに眠りに誘う。
 いつもの就寝時間はとうに回っていた。
『もう寝る時間じゃねえか?』
「もすこし……まだ」
 そう答えるジャックの瞼は閉じられ、なんとか口だけが動いている状態だった。
「まだ、こえ、きいてたい」
 低い笑い声が聞こえた。
 まるでレオナが近くにいるかのような感覚に包まれる。
 起きたらレオナが隣にいてくれるような、そんな気がしてジャックは深い眠りに落ちていった。
『おやすみ、ジャック』
 最後に聞こえた言葉は、もしかしたら夢だったかもしれない。

 

 

Twitter投稿2025.1.6

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