これはおいしいお寿司

No.50

アドベントカレンダー2024

-24日目

 昼。昼過ぎと言った。
 昼とは主に十二時を指すが、十一時頃から「もうお昼だねー」と話すし、十三時頃に「お昼ご飯にするか」と話すこともある。昼過ぎに至っては十四時頃に「お昼過ぎちゃったねー」と話すから、十四時も立派な昼過ぎであることには違いない。
 とは言うものの、ジャックの認識している昼とは十二時のことで、昼過ぎは十三時ちょい過ぎくらいが限度なのだが、当然レオナにその認識を求めるわけにはいかない。
 何しろ「俺が起きたときが朝」「昼飯の気分だから今が昼」「まだ起きてるから昼」「眠い気分だから夜」などとのたまう人だ。レオナの言う昼は大抵夕方が多い。
 かといって夕方までのんびりできるわけでもない。ジャックの時間に合わせてやろうとして、早めに昼が訪れるかもしれない。
 そういったわけで、ジャックはレオナの指す昼がいつになるのか気を揉んで、朝からずっと家の中を歩き回っていた。
 弟と妹の面倒を見ると言ったのに、庭で遊ぶ妹は弟が見ていた。ジャックは時折窓から外を覗いて異変がないことを確認し、それ以外はスマホと時計を見ながらぐるぐる落ち着かずにいる。
 時間はじわじわと進み、十二時になった。
 スマホに通知は来ない。
 数秒に一度スマホを確認し、またポケットに戻して廊下を行ったり来たりする。
 どれほど経っただろうか。
 気づけば朝にぱらついていた雪の勢いが増していた。
 ジャックの体感で半日ほど経った頃――実際は三十分ほどだった――、スマホに一つの通知が表示された。
『外見てみろ』
 外。家の外のことだろう。
 飛びつくように窓から外を覗く。
 視界はだいぶ悪くなっていた。
 窓からは、昼食も忘れて飽きもせずに遊び続けている妹と弟が見えた――いや、二人は遊ぶのをやめ、家の前の道を見ていた。
 ジャックの位置からは、二人が見ているものはわからなかった。方角的に来客だろうか。
 なんとなく心が期待で浮ついているのを感じる。
 そんなまさかと、理性で心を押さえつけ、コートとマフラーを身につけて玄関から家の外に出る。
 ドアを開けると風に吹かれた雪が、ジャックの体を襲ってきた。
 白くなりつつある視界の中に、このあたりで見かけたことのない、だが見覚えのある人影が見える。
「お兄ちゃん、お客さん」
 ジャックが外に出たことに気づいた妹と弟が、客人をちらちらと見ながら駆け寄ってくる。
「あの人ね、あたしのことレディって言ったの。ふふ、それで、お兄さんが出てくるまでここに立っていてもいいかって聞いてきて」
 妹の頬は赤く、それは寒さとは別のものが原因だと感じた。
「見た目に騙されちゃ駄目なんだろ。あの人知り合い?」
 弟は眉間に皺を寄せ、客人のほうを睨むように見据えていた。
「二人とも、雪が強くなってるから家の中に入ったほうがいい。あの人は――知り合い、そうだな、知り合いだ」
 ここに現れるとは思いもしなかった――だが、どこかで期待をしていた人だ。
 雪を踏みしめ、一歩一歩歩き出す。
 五メートルと離れていないのに、その距離がじれったく、足取りを重くする雪が邪魔で仕方ない。
 黒っぽいシルエットが雪でまだらに白くなっている人に、近づいていく。
 一歩踏み出すごとに、輪郭がはっきりとしてくる。
 着ているコートが思いのほか薄手であることがわかり、いつもうっすらと笑みを浮かべている顔はマフラーで半分埋まり、それでいて眉と瞳に優しさが滲んでいることがわかり。
「メッセージ見たなら返事よこせよ」
「返事、忘れるくらいびっくりして」
 肩をきゅっと丸めてレオナは笑った。
「今日雪かもって言ったのに、どうしてそんなに薄着なんすか」
 ジャックは適当に引っかけてきた自身のマフラーで、レオナの首あたりをぐるぐるに巻いた。二重のマフラーに埋もれ、いつものスマートなシルエットは見る影もなかった。
「こんなに寒いと思ってなかった」
「フードもないコートで、よくここまで来たっすね」
「近くのスクールにデカいグラウンドがあったから、そこに軽飛行機を停めてきた」
「ひこ、飛行機、は? なんつうか……やることの規模がでけえ」
 もしや、昨日話をしていたときはすでに飛行機の中だったのではと、ジャックは記憶を辿った。
「そんなことはどうでもいい。ジャック、俺からの最後の贈り物だ」
 レオナはコートのポケットから、あの見慣れた転送箱を取り出した。箱は少し蓋が開いていたが、レオナが目の前で蓋をきっちりと閉めると、淡く光った。
「お前の箱は?」
「部屋に……」
「呼び出し魔法を使ったことは」
「ねえっす」
 ジャックは首を振る。
「じゃあ、俺の言うとおりにしろ」
 レオナはもう片方のポケットから取り出したマジカルペンをジャックに握らせた。
 ジャックが普段使っているものと同じ、山吹色の石がついている。
 そして、レオナの言うとおりに部屋と箱をしっかり脳内にイメージする。続けて、レオナの教えてくれた呪文をオウム返しのように詠唱した。
 呪文を唱え終わると、少し間を置いてから玄関のドアが開く音がして、瞬きをした次の瞬間にはジャックの手の中に箱が収まっていた。
「すげえ……」
「しっかりイメージすれば、練習なしでも成功するもんだ」
 本当に部屋に置いていた箱なのかと、ひっくり返してしげしげと見るが、確かに数日間使ってきた箱で間違いなかった。
 もうレオナが転送したものは中に入っているだろう。
 重みの増した箱の蓋をそっと開けた。
 中には手のひらより少し小さく、見るからに高そうな布の貼られた箱が入っていた。
 母親の化粧台で見たことのある箱だ。
 思わずレオナの顔を見る。
「どうした、開けないのか」
 マフラーで顔の大部分が隠れていても、笑っているのがわかった。
 どぎまぎしながらゆっくりと、バネで抵抗のある蓋を持ち上げる。
 中にはシンプルな指輪が入っていた。
「先輩、これ」
「最後に何を渡すか、昨日ずっと迷ってた」
 レオナのマフラー越しの声は聞こえづらいはずなのに、ジャックの耳に真っ直ぐ届いた。
「お前が昨日、あの牙をくれたから」
 レオナはジャックの右手の手袋をそっと脱がした。
 凍るような外気に触れ、瞬く間に指先に痛みが走るが、ジャックは構わずレオナの挙動を見守っていた。
「俺の国に伝わるようなモンじゃないが、世界共通のわかりやすいやつが今はいいと思ってな」
 ジャックの手の中にある箱から指輪を取り出し、レオナはジャックの右手の薬指に嵌めた。
 ジャックのためにあつらえられたように、サイズはぴったりだった。
「……先輩、あの牙の意味知ってたんですか」
 何を言えばいいかわからず、ジャックは喉の奥から絞り出すように声を発した。
「いや。もらったときは知らなかったが、飛行機の中で調べていたら、お前の地方の風習に辿り着いた。お前が腹をくくったんなら、俺も同等の気持ちをくれてやろうと」
 何を送るか迷って、飛行機の中にいろいろ持ち込んだ、とレオナは苦笑した。
「調べたなら知ってるかもしれねえっすけど、狼の獣人属は重いっすよ」
「ああ」
「多分、その中でも俺は特に重いっす」
「ああ」
「それでもいいんですか」
 母親と話して少し気持ちが軽くなったとはいえ、今さら価値観をすぐに変えられるものでもなかった。念を押すように、引き下がるなら今だと忠告するように、言葉を重ねる。
「俺だって生半可な気持ちでお前を好きになったわけじゃねえ。添い遂げられるってんなら、一生お前しか目に入れたくねえ」
 言いながら、レオナは自身の右手の手袋を脱いだ。その薬指にはジャックと同じデザインの指輪が光っていた。
 レオナの指がジャックの指を絡め取る。体温の下がりきった手のひらは感覚がなくなりかけていたが、少しの隙間も惜しむように離れようとしない。
「俺の全力でお前を愛しても、お前にとっては軽すぎるかもしれない。が、ジャック、お前が望むならなんだってくれてやる。言葉がほしいなら言葉を尽くそう、物がほしいなら世界中の物を贈ろう」
 文化も風習も異なるレオナの、その言葉で充分だった。
 まるで、周囲の雪が突然溶け始めるように不安が消えていく。
 雪は降り続けているが、じんわりと胸の奥が暖かい。
 今、レオナがすべてを賭けてくれるというのなら、それでいい。
「先輩に、言いたいことがあるんです」
 決意を込めてレオナを見る。
 寒さで唇は冷たく、震えが止まらない。
 それでも、ずっと躊躇ってきた言葉を今伝えたかった。
「レオナ先輩のことが、好きです」
 すでに伝わってしまっていたが、どうしても言葉にしたかった。
「俺も好きだ」
「先輩はずっと俺の一番です」
「嬉しいこと言ってくれるじゃねえか」
 握っている手とは逆側で、レオナがジャックの頬を撫でる。シンプルな手袋の滑らかな感触が心地よい。
「だから――」
 続けようとして、くしゃみが一つ飛び出した。
 マフラーなしに、手袋も片方外した状態で長時間外に出ていたせいで、すっかり体は冷え切っていた。
「悪い。こんな寒いのに」
 レオナがマフラーを返そうとして、ジャックはそれを止めた。
「レオナ先輩、このあと予定は?」
「ねえ。帰るだけだ」
「じゃあ、少しうちに寄っていきませんか」
 ジャックが自宅を指し示すと、レオナは瞬きを二度、三度繰り返した。
「家族と過ごすんじゃねえのか」
「少しくらい温まっていってもいいじゃないすか。先輩、今日は予定ないって言ってましたよね」
 レオナの冷たい右手を、ジャックは両手で包んだ。
「この雪じゃ飛行機飛ばせねえっすよ」
「……わかった。雪がやむまでな」
 諦めたようにレオナは笑った。
 クリスマスが家族と過ごす特別な日なら、一緒に過ごしてもいいじゃないか。
 レオナの手を引いて玄関に向かいながら、ジャックは声に出さずに言った。
 きっと、この雪は明日まで続くだろうが、レオナと本物の家族になる日まで、雪がやまなければいいのに。
 ペアリングのきっかけとなった、今は空っぽのアドベントカレンダーを思い出す。
 来年、そのまた来年も二人でアドベントカレンダーを毎日開けてクリスマスを迎えられるようにと、そっと願った。

 

 

Twitter投稿2025.1.13

レオジャク,アドベントカレンダー2024,SS

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